なぜ評価が高い? FE208NS

選ばれる Fostex FE208NS

わが社のお客様には FE208NS をメインのスピーカーユニットとして採用している方が結構いらっしゃる。タイミング的に「FE208-Sol を手に入れられなかったので仕方なく…」という感じの方もいれば、そもそも限定ユニットにあまり興味がないため、20cmバックロードホーンの定番モデルとして自然に選択された方もいる。そんな方でも FE208NS について調べれば、 かつて FE208-Sol という限定ユニットが存在していたことは情報として自然と入ってくるだろう。FE208NS を選択されたお客様から「FE208-Sol を手に入れました」というご連絡をいただくこともある。奥行きは異なるものの、フレームの大きさは同じなので、奥行きさえ問題なければ取り付けの互換性はある。厳密に言えば適合するエンクロージャーの設計値もわずかに違うのだが、細かいことを気にしなければまぁ「互換性がある」と言えるだろう。

FE208-Sol を発売時に入手して使用していた方が、「FE208NS を試してみよう… :と、交換して聴いてみたという例もある。

そして FE208NS から FE208-Sol に交換した方が「FE208-Sol を試したけれど、FE208NS の方が良かったので、戻してまた使っている」とか、FE208-Sol をお試しで FE208NS に交換した方が「FE208-Sol から FE208NS に乗り換えました」ということを聞いたりする。

こうしたお客様がある意味凄いのは、より高価で物量も投入されている限定モデルよりも、価格も低いスタンダードなレギュラーモデルの方に、「良い」という判断を下していることだ。人の性質からして「価格」とか「限定」といった要素に左右されず、実際に聴いた時の自分の判断を信じるのは意外に難しい。冷静に自分の好みとして判断した結果選ばれているのだから、このことによって、なおさら「FE208NS」の信頼度が上がる。

もちろんこれらの事実をもって「FE208NS の方がいいですよ」と全ての人に薦めるわけではないし、逆に「FE208-Sol の方がやっぱりいい」というわけでもない。お客様はそれぞれ違う環境で、違うエンクロージャーで使っているわけで、それぞれの条件やお好みに、いずれかのユニットの方が合致したということに過ぎないからだ。そうは言っても FE208NS の評価が高いと感じるケースはやっぱり多い。なぜだろう。

FE208NS 向けにエクスペリエンスで設計したスピーカー
本来 FE208-Sol 向けのエンクロージャーに FE208NS を付けると…
FE208NS が良いのは新型だから?

より物量が投入されているのは FE208-Sol である。時代的に新しいのは FE208NS だ。「NS」とは「New Sol」の意味でもあるので、FE208-Sol に対して FE208NS は FE208-NewSol だ。単純に「新しいから良い」ということではないが、以前のモデルに残された課題はそれ以降のモデルでは改めて検討されることになる。さまざまな制約から、そうした課題が全て解決できるわけではないものの、可能な限り見直されることにはなるだろう。

FE208NS には、これまでの限定ユニットや歴代のレギュラーユニットの開発によるノウハウの積み重ねが凝縮しているのだろうか。

具体的な違いは以下の記事で書いたことがそのまま当てはまる。

以前書いた記事では従来の限定品(SSシリーズなど)とEΣ シリーズという一群と、近年の Sol シリーズとNSシリーズという一群を比較している。今回は、 Sol と NS という、以前の記事では近年のモデルとして同じグループとして扱っていたモデル同士を比較している。これら近年のモデル同士を比較しても、Sol から NS(New Sol)への変化は、これまでの変化の方向性のさらにその先への変化/進化があると感じることがある。それはさらに新しい限定モデルの SS-HP(現時点では16cmの FE168SS-HP と 10cm の FE108SS-HP) にも感じることである。

より滑らかな中高域、程よいレンジバランス(これはエンクロージャーも大いに関わるところだが)など、新しい FE の方向性が如実に現れている。これはレギュラーの廉価版ユニット(だいぶ高価になったが)FE-EnシリーズからFE-NVシリーズへの変化にも現れている。

Sol を発売前に予約して買うお客様は、元々 D-55 や D-58 などの長岡式BH を使っている方が多かった。一方、FE208NS を選択した方にはかつて普通のメーカー製のマルチウェイスピーカーを使っていた方が多い。(前者の方々は限定品がお好み。後者は限定品をそもそも知らないこともある。)結構なハイエンドモデルからメインスピーカーを FE208NS に変えたお客様もいる。数少ないオーディオファンの中のさらに限られたファンが選択するモデルではあるが、ハマると抜けられなくなる要素も多いのだろう。

以前から折に触れて主張しているが、バックロードホーン用ユニットといえば、音圧(高い方がいい)や Qts(低い方がいい)といった数値ばかりが評価値として偏重されてきた。こうした数値だけを追いかけて設計することはある意味容易だが、ある数値ばかりを重視していると、他の大切なことが見落とされがちになる。マラソンランナーの体重は重いよりは軽い方が有利だが、軽くすることだけを重視すればスタミナや筋力が落ちてしまう。これではレースで勝つことはできない。体重を増やすことだけを重視した力士の足腰が弱ければ、これもまた勝つことはできない。体重、筋肉、柔軟性など様々な要素をバランスさせることは大前提であり、その上でどのような特徴を持たせるかということだろう。

ただし、スピーカーは趣味だ。もっと言えば、本来は趣味を楽しむための道具に過ぎない。趣味へのこだわりは人間の命や健康に関わるようなことではないのだから、色々な意味で自由だ。バランスが取れていなくても、一芸に秀でたものを好んで使うことは決して悪いことではない。かつての限定「S系」ユニットでしか聴けない音だって確かにあるのだ。

一方で、「NS」や「SS-HP」 など最新のユニットが「普通」なのかと言えば(変な言い方だが)決してそんなことはない。なんとなく普通に見えるのは、かつての「S」や「ES」といったユニットがあまりにも突出したものを持っていたからであり、「NS」や「SS-HP」だってその傾向は程度の差こそあれ持っている。「S系ユニットでしか聴けない」とされている、そんな「音」が収録されているソースを NS で聴いてみてほしい。そこにはまた違った味わいが隠れていたことに気が付くかもしれない。

大きなホーンを駆動してスピード感のある低音を繰り出すパワー。それにプラスして丁寧でしなやかに描かれる中高域。(あくまでもフルレンジとしてであり、「ソフトドームのツィーターなどと比較しても」という意味ではない)これにホーンツィーターを繋げば全帯域でバランスのとれた素晴らしい音がする。

たとえば有名な『古代ギリシャの音楽』は、とかく 空気を切り裂くような凄まじい音で始まる Tr.1 の ”序奏” ばかり聴いてしまう(私だけかもしれないが)が、その先の Tr.2 ”「オレステース」のスタシモン” から続くそれぞれの楽曲の味わいが、NS で聴くと全く違う味わいがあることに気付く。冒頭の凄まじい音の切れ味はほんのわずかに後退する(それでもまだ鋭い)かもしれないが、楽器の余韻や空気感のリアリティーは向上し、音楽を楽しむという意味ではこちらを選択する人がいても全くおかしくはない。

古代ギリシャの音楽

「切れ味重視」にも全く異論はなく、私もそういう音を聴いてみたくなることはある。ただ、もともとハイエンドを聴いていた人が魅了されるのはそこだけではない。このユニットが、かつての「SS系」の風味を残しながらも、少しだけ抑制の聴いた中高域の振る舞いを感じさせてくれるようなところなのではないか。「音」を聴く道具から「音楽」を聴く道具へ。それでいて「音」もしっかり聴ける NS。お客様からの FE208NS 評を聞くにつけ、そんなことを感じるこの頃だ。


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