BAR 3614 のスピーカーができるまで

「音を共有する」

BAR 3614のお店づくりは計画当初から、音響監修とカスタムスピーカーのご相談をお受けしていました。BAR 3614のスピーカーはフロント、リアともにエクスペリエンス・スピーカー・ファクトリーによるカスタムスピーカーです。通常カスタムスピーカーのご注文をいただく際には「おまかせで」とか、単に「良いものをお願いします」などと言われることはほとんどありません。多くの場合は「こんな感じの音」のように、漠然とした言葉ではありますが、ご要望を頂くことになります。

しかし言葉で表現された「音」ほど個人の感覚によって解釈が異なるものはありません。よほど頻繁に交流を持っていて言語表現の感覚を共有していなければ、言葉だけで意思疎通を図るのはかなり難しいと思います。

「音」の感覚を正確に共有するためには、同じ場所で、同じ音を聴き、互いにその音を言葉で表現するプロセスが必要です。別の場所で「同じモデルを聴いた」だけではダメですし、同じモデルを同じ場所で聴いたとしても、同じ「時」を共有して、その場でやり取りを持たなければ、同じ感覚で話をするのは難しいと思います。

実はマスターとはかなり以前からの知り合いで、一緒にイベントを開催したこともあります。漠然と「こんな音がお好みなのかな?」という感触は持っていましたが、かといって「お任せください」とすぐに言えるほどの情報はありません。

今回、マスターにはいくつかの都内のロックバーを一緒に回る機会を設けて頂きました。実際に使うのと近い環境で「音」の感覚を共有できたことは、今回のプロジェクトにおいて、とても重要なプロセスだったと思います。この過程を経たことによって、マスターのお好みを十分把握した上で、取り組むことができました。

60’s & 70’s の英米ロックの雰囲気を出す
  • 「低音の量感は過剰には求めず、一定のタイトさが必要」
  • 「ドライな感じの音、柔和な感じとか、しっとり潤いのある音は求めない」

マスターのお好みの音は要約するとこのような傾向です。

これを目指してスピーカーを作るわけですが、今回、スピーカーを作るにはもう一つの条件がありました。使用する「スピーカーユニット」です。

マスターにとっても、私にとってもゆかりのあるFOSTEXのユニットを使うことが基本的な方針としてありました。今回はそれなりに面積もあるロックバーですから、さすがに「小口径フルレンジで行きましょう」とはなりません。ある程度のサイズのウーハーを備えた3wayスピーカーが一応の標準と考えられました。それをFOSTEXのユニットを使って構成するわけです。

FOSTEXのウーハーは40cmウーハーの FW405が廃番となっており。3wayで使えるウーハーは 30cmのFW305か、頑張っても20cmのFW208HSですから、ほぼ自動的にFW305に決まります。ミッドレンジはFE103NV2, FE108NS, FE126NV2 といった10〜12cm口径のフルレンジが候補となります。音圧だけなら10cmのモデルでも十分なのですが、ロックを気持ちよく鳴らすために、ある程度の線の太さを狙おうとすると10cmよりは12cm。ということで、ミッドレンジのFE126NV2もほぼ迷いなく決まります。

ツィーターはバッフルにマウントできるものからの選択になります。ミッドがFE126NVであることを考えるとドームツィーターよりはホーンです。計画当初はFT17Hが第一候補となりました。フルレンジに合わせやすいモデルでフランジ付きのものに限ると、ほぼこの一択になってしまいます。ところが計画が進んでいくうちにFOSTEXからフォールデッドダイアフラムのツィーター、T360FDが登場しました。このツィーターは私自身かなり気に入っているツィーターです。ロックのような勢いのある音源を、ある程度広いサービスエリアが求められる空間で鳴らすにはもってこいのツィーターだということを色々な機会で聴くたびに感じていました。

良いタイミングでT360FDが発売され、このユニットを使うことができたのは幸運でした。最終的な出音の傾向、マスターが求める音の傾向を決定付け、60’s & 70’sの英米ロックの雰囲気を出すのに、最も大きな役割を果たしたのはT360FDであると言っても過言ではありません。

外観はトラディショナルな雰囲気を出すために、あえて縦一直線にユニットを配列するのではなく、往年の3wayスピーカーのような配置と全体的なデザインとしました。カラーはJBLのブルーバッフルに似ていますが、そこは意識したわけではありません。70年代、数々の名盤を産んだアメリカはアラバマ州のスタジオ、Muscle Shoals Sound Studiosへのオマージュで、このスタジオのロゴで使われているブルーが、スピーカーバッフルのブルーになっています。BAR 3614 の名前もこのスタジオの住所である「ジャクソン・ハイウェイ3614」からきており、このブルーは「3614ブルー」とも言えると思います。店内の壁もこの色になっていて、スピーカーバッフルの色もこれに合わせた形です。この統一感が、お店全体の落ち着いた雰囲気を作るのに貢献しているのではないでしょうか。

本格的なリアスピーカーで「4chステレオレコード」再生

BAR 3614の最も重要な特徴の一つは「本格的な4chステレオレコードを再生できる」ことです。リアスピーカーにも一定レベルのスピーカーが求められます。

とはいえ、フロントスピーカーのような30cm3wayをリアに設置することはさすがに難しいです。かと言って、安易に市販のスピーカーを組み合わせるのも「本格的」とは言い難く、フロントスピーカーと同じ傾向を持ったリアスピーカーも同時に設計することになりました。

功を奏したのが、フロントのミッドレンジにフルレンジスピーカー(FE126NV2)を使っていることです。フロントスピーカーは、30cmウーハーがなかったとしても、ユニット構成としてはそのまま2wayとして成立します。(もちろんツィーターを外したフルレンジのシステムとしても成立します)

フロントスピーカーから30cmウーハーのFW305を差し引いた構成のシステムがそのままリアスピーカーとなることで、フロントとのコンビネーションも違和感のない、トータルでバランスのとれた4chステレオ向けシステムとなります。

フロントのミッドレンジとしてのFE126NV2は密閉型ですが、リアはそれだけで低音まで再生するので、バスレフ型です。ミッドとしての使い方とは違ってきますので、T360FD(ツィーター)との繋ぎ方もフロントとは全く違うものにしています。

フロントスピーカーでは FE126NV2はミッドレンジに徹していますが、リアではあくまでもフルレンジとしての扱いとし、ツィーターはアドオンツィーターとして使っています。その方が単体のスピーカーシステムとして、上手くまとまります。

ユニットの構成を同じとすることで、組み合わせ方のアプローチは違っていても、フロントスピーカーとのバランスは維持できると考え、トータルではその方が良いと判断しました。

結果、リアスピーカーは単体としても十分な性能を持ったスピーカーとなり、店内の4chステレオ再生のクオリティーに大きく貢献するものになったと思います。

国内メーカーのカスタム3wayをお楽しみください

BAR 3614は60年代〜70年代の英米のロックのアナログレコードを中心に聴くことができる、マスターこだわりのお店です。ファンにとってはたまらない選曲もさることながら、店内の随所にこだわりの溢れたお店になっています。スピーカーも国内メーカーのスピーカーユニットを使用したカスタムメイド。最新型のユニットも含めたオールFOSTEXの3wayというのはなかなか聴くことができない組み合わせです。こだわりのスピーカーにもぜひ注目してみてください。

今回はスピーカーだけではなく、お店のデザイン/設計/施工についてもエクスペリエンスの提携先で行っています。BAR 3614のようなお店づくりはまるっと一式弊社で承ることもできますので、興味のある方はぜひお問い合わせください。

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