ほんとうにネジのせい?

FE108NS用の箱にFE108SS-HPを入てみたが…

Fostex FE108NS(以下「NS」)用に設計され、調整されているバックロードホーンにFE108SS-HP(以下「SS」)を入れて調整した。

NSを取り付けている時のパフォーマンスは素晴らしく、これを超えるのは容易ではなかった。ユニット自体に関して言えば、SSの中高域の美しさと低域の馬力に関してNSは及ばない。しかしこのエンクロージャに入れたときのトータルでのパフォーマンスについては、どんなに頑張ってもなかなか NS を越えられなかったのだ。

SS で聴くと、全体に雑味がまとわりつく感じがする。ユニットのポテンシャルを感じつつも、それを活かしきれていないのだ。当初はユニットのパワーをエンクロージャーが受け止めきれていないのではないかと想像したが、なんとなくそうではないような感じもする。長時間の調整で何とかそれなりのパフォーマンスを得ることができるのだが、それでもNSには及ばない。

紆余曲折した後に、最終的にはNSの時と同じ調整状態に戻ってしまった。なんだかんだ言ってもユニットにかかわらず(とは言っても2モデルだが)このエンクロージャーにはこの調整状態が良いということなのか?

SS では、音数が少ないときには非常に良い音がする。ただ、音数が増えたり、さらにそれが大音量になったりすると、濁った、クリアではない音がする。混濁感というべきだろうか。

NS用の開口をSSも取り付けられるように加工する
「ねじ」が違った

そこでふと、NSの時と異なる試聴条件の箇所があったことに気がつく。細かいことだが、それはユニットを止めているネジだ。NSの時には「六角穴付ボタンボルト」を使用していた。しかし、SSでは六角穴付ボルト(ボタンボルトではない)で止めていたのだ。

素材はどちらも SCM435(いわゆる「クロモリ」)で、長さも20mmで同じ。素材の違いではなく、ヘッド部の形状による違いだけだ。まさかこれだけのことなのか。

六角穴付ボルトを六角穴付ボタンボルトに交換して試聴する。そうするとNSの時に感じた良さが戻ってきた。ただネジを変えただけで。

もともと中高域に関してはSSがまさってはいたが、ネジを変えただけで、その他の要素全てでNSの状態を一気にまくった。最終的にSSにとっての最適な状態はNSと同じだった。

調整に入る前に、まずは同じ状態でユニットだけを変えてどうなるかを確認するところから始めたつもりだった。しかし、実際にはネジを変えてしまっていた。

紆余曲折あって、全く同じ状態に戻ってきたわけだが、ネジを変えてしまったことでかなり遠回りすることになってしまった。

気になって色々と購入しM4ボルトのバリエーションが一気に増えてしまう
形状、素材、長さ、それぞれが複雑に絡み合う

ネジによる音の違いは、ずいぶん前に様々な実験をして理解しているつもりだった。使うネジによって大きな違いがあることを自分で認識していたにもかかわらず、そのことをなぜか軽視してしまっていたのだ。

ネジによる音の違いは、個性の違いなので、ケースバイケースだと思っていたが、六角穴付ボタンボルトは絶対的に優れているような気がする。

「頭の部分が大きなボルトは、その分大きな味付けになる」それくらいに思っていたが、今回は味付けと言うよりも単なる雑味にしかならなかったのだ。

かつてネジによる音の違いを実験したのは16cm フルレンジだった。今回は10cmフルレンジである。表出しているネジの表面積とユニットの振動板面積の比率は10センチフルレンジの方がはるかに小さい。小口径ユニットの方がネジによる影響が大きいと言うことなのかもしれない。しかもSSはボルトの数が8個ある。今回は4個で止めていたが、もしこれが8個だったとしたら、六角穴付ボルトによる雑味の影響はさらに大きくなっていたのだろうか。

ものは試しと、同じ六角穴付ボタンボルトの同サイズの素材違いも試してみた。持っていたのはチタンとSUS。

複数のネジを手のひらで転がすと、ネジ同士がぶつかり合って音を立てる。この時の音で全体への影響を予測する。

チタンとSUS はその時の音が再生音にも乗ってくる。ただ、SCM435  の普通の六角穴付きボルトの時のような雑味ではない。「刺激音」といった感じだ。SCM435 は手のひらで転がしても甲高い音はしない。ただ転がしているだけでは「雑味」はわからない。通常の形状のものと、ボタンボルトでは、転がした時の音はほとんど同じなのだ。

正直 SUS と チタンの違いは覚えてすぐならブラインドテストでもわかるが翌日にどちらか当てるのは慣れないうちは難しいかもしれない。

一方  SCM435 とそれ以外(SUS/チタン)の違いはわかる。おそらく誰にでもわかるくらいの違いはあると思う。

というわけで、今度は通常の形状のボルトのチタンを試してみる。

こちらは少し長い。(ちなみに長い場合も乗ってくる響きの量が増えることは以前確認している)

実は素材や形状もそうなのだが、この長さが曲者だ。同じ素材の同じヘッド形状でも、長くなると金属音が全く違うのだ。

これはなんなのだろう?

20mm のネジと 25mm のネジで、響きが全く異なるのだ。仮にこの音が再生音に乗るとしたら、ネジは短い方が耳に付く金属音は減らすことができる。

一般的にバッフルは厚い方が良いとされているが、ナットを埋め込んで使う場合、バッフルを厚くすればするほど使うネジも長くなる。

これではバッフルを厚くした効果と、ネジが長くなった影響はミックスされることになるだろう。

もしかすると、バッフルは厚くしても、ネジは短くて済むような構造にしておく方が、トータルでは良い結果になるかもしれない。

制振している場合はボタンボルトがおすすめ

普通のサイズのボルトの頭に何かを貼り付けて振動を吸収している例を見ることがあるが、確かにそれは効果がありそうだ。ただ、見た目はあまり良いとは言えない。そんな方はもし普通の形状の六角穴付ボルトを使っているなら、ボタンボルトに変えてみてほしい。また、ネジの長さも必要十分な長さとし、不必要に長いものは使わないでみてほしい。気になる響きはかなり減ると思う。見た目も悪くない。

様々なボルトの検証

検証結果に気を良くして、ボタンボルトよりさらにヘッド部が小さい、ローヘッドボルトも試してみる。ちなみに、通常の六角穴付きボルトよりも六角穴付きボタンボルトは使用する六角レンチの穴がワンサイズ小さいが、このローヘッドボルトはさらにワンサイズ小さい。

フォステクスのダイカストフレームに使うと、その存在感はかなり小さく、その点でもなかなか良さそうだ。

そもそも普通の六角穴付きボルトはフレームから飛び出す高さもそれなりにあり、ネジ自体が響くとかそういうこと以前に、「大きいこと」による物理的な阻害要因もありそうだ。もしかすると聴感上の違いもそちらが原因である可能性もある。

ローヘッドボルトは、六角穴付きボタンボルトよりもさらにおとなしい。不必要な輝きもなく、嫌な音はしない。ただ、ボタンボルトの音に慣れていると、少しさみしく感じることはあるかもしれない。

鳴きは無くなりされすれば良いというわけではない。実は最も鳴きが少なくなるのは RENY だ。RENY は樹脂製のネジで、金属の響きは全くしない。このネジに替えると、必要な余韻までも無くなってしまった感じがしてつまらない音になる。聴き始めはその静寂さに「おや?」と思う瞬間もあったのだが、しばらく聴いていると飽き飽きしてしまう。もしかするとこんな感じの静けさがお好きな方もいるのかもしれないが。

また、この RENY はボタンボルトやローヘッドの規格がなく、形状は普通の六角穴付きボルトだ。仮にこの形状の「大きさ」による影響が前述のようにあるのだとすれば、その影響も評価に影響しているかもしれない。これについてはどの部分がどの程度の影響を与えているのか、因果関係を特定するのは難しい。

「ほんとうにねじのせい?」と疑うところから始まった今回の一件では、今後の調整やサポートにおいてとても重要な知見を得ることとなった。

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