Qts だけでホーンを決めないで
Qts(Qo) はトータルの共振先鋭度の値を指す。かつてはなんとなく、「低い方が駆動力がある」ようなニュアンスで考えていた(実際にその傾向はあった)が、どちらかと言えばBL値(磁束密度×ボイスコイルの巻線幅)の方が「駆動力」にはしっくりくる。Qtsはfs(fo)での共振がどれだけ鋭いかを表す数値で、インピーダンス特性の形から計算できる。この数値を低くしようとした場合、いくつかの方法が考えられる。その方法には磁気回路の強化も含まれるのかもしれないが、他にもコンプライアンスを高めることだったり、fsを下げることだったりといくつかの要素がある。
Qtsを「制動力」と考えたとき、コンプライアンスは低くする(動きにくくする)方が共振を抑えられそうなイメージがあるが、この数値は制動力ではなく、共振の先鋭度のことなので、それは全く逆である。硬いものほど鋭い共振を起こすことは何となくイメージできると思う。弦は強く張るほど特定の周波数で鋭く共振する。
磁気回路の強化と振動板の強化
確かな再生音を得るために、磁気回路を強化することがある。これもQts が低くなる要素(低くするための要素ではない。意図は入っていない。)のひとつだ。BL値が上がり、振動板を動かすためのパワーも上がる。そんなとき、音響性能をトータルで上げるためには、その他のパーツもそのパワーに相応しいものにしなければならない。パワーを空気に伝える「振動板」はそのパワーに屈することなくリニアに動作しなければならない特に重要なパーツと言える。振動板が受け止められる限界を超えたパワーで駆動されたとき、中高域の音圧はそのパワーに応じて上昇はするが、振動板は文字どおり悲鳴をあげる。磁気回路と振動板のバランスを考慮して、音響性能を上げるために必要な調整をしていくと、磁気回路が強化され、それに伴ってQts が下がったからと言って、必ず中高域の音圧特性が右肩上がりに上昇するということではない。
そのような音響的な調整をせずに、単純に磁気回路だけが強化されたモデルの場合、前述のとおり異常に低い Qts と、異常な右肩上がりの音圧周波数特性を持つようになる。磁気回路のパワーに振動系がついていけずにヒュンヒュン、ヒャンヒャンと固有の鳴きを持つようになる。結果、かなり高い音圧、派手な中高音のユニットが出来上がり、激しい音のソフトはより激しく鳴る。
少々ネガティブな表現をしたが、この状態をポジティブに捉えることもできる。リニアリティは別としても、見かけ上のダイナミックレンジは大きくなる。パワーはあるので、長大なホーンをドライブすることができ、低域方向の量感やレンジも十分だ。無響室特性では凹凸があるが、実際の部屋ではセッティング次第でうやむやにすることができる。(特性がフラットだったとしてもうやむやになるので、低域の凹凸はそこまで神経質にならなくても良い。そもそもそこを気にし出すとバックロードは成り立たないので、そういう思い込みが大切)
これにさらに高音圧のホーンツィーターを組み合わせると、低音から高音まで音圧が高いままに、周波数レンジも広くなり、このようなユニット構成でしか実現できない、凄まじい音を再生するシステムになる。
限界を超えた力で駆動された振動板は悲鳴を上げながらも高い音圧を放射する。そのため、それに見合う低音の音圧を得るためには大きなホーンが必要になる。長岡式バックロードが限定フルレンジの磁気回路が強化されるたびに大型化して行った所以だ。
SS-HP をどう使うか(現代のSS、”SS-HP”とは何なのか)
Qts は低い状態ながら、中高音の音圧がそこまで野放図ではないユニット(FE168SS-HP、FE108SS-HP、FE208SS-HP)に対して、長岡式の手法によって Qts の値からホーンサイズ(絞り率)を決めてしまうとどうなるか。 (かつて1÷5Qtsという目安が示されていた。これを目安にQtsの値に応じて、ホーンの絞り率を決める。)
ホーンからはある程度締まりのある低音が放射されるが、中高域の音圧はそこまで高くはないので、低音の音圧が相対的に大きくなる。右肩上がりのユニットに合わせて設計されたバックロードでは低音が出過ぎてしまうことになる。というよりも、中高域の「音圧」が足りないと言うべきか。「だから従来のエンクロージャーは使えない」というわけではなく、調整次第では実用になる(幸い「大は小を兼ねる」部分が多少はある)のだが、そのまま従前のユニットから交換しただけでは違和感があるだろう。
SS-HPのようなユニットは従来のユニットとは帯域バランスがかなり違う。それは音圧周波数特性を見れば一目瞭然で、これを見ればQtsで絞り率を決めるのは「ちょっと違う」と感じるのではないだろうか。特に20cmのFE208SS-HPではボイスコイル径も拡大され、低音の質が向上した。シリーズ全体でも、振動系は伝統のダブルマグネットによるハイパワーにもへこたれず、かつスピード感も失わない絶妙なバランスに調整され、中高域のクオリティはかなり向上している。
だが、そんなユニットに、従来の概念で設計されたバックロードを組み合わせてしまうと、前述のようなおかしなバランスのシステムになってしまうわけだ。
低域の締まりが良く、質そのものが高いとき、低域の音圧が高過ぎること自体には問題を感じないことがある。状況をややこしくするのは、こんな状態においては「中高域が引っ込んでいる」ように聴こえることがあることだ。そうなると心理的に「中高域をなんとかしよう」と考えてしまう。足りない部分を強化しようとすると、もっとツィターの音圧を上げて…となる。実際それでうまく行く場合もあるが、アドオン状態のツィーターのCの値を大きくすると、さすがに高域がシャンシャンいってしまい、うまくいかない。(T360FDのようにフラットかつホーンのように音圧が高過ぎないユニットだとうまくいってしまうことこがある)
要はバランスなので、低音量を少し抑えると中高域は前に出てくるようになる。セッティング(例えば壁から離す)でも調整は可能であるし、場合によってはトーンコントロールでBASSを数dB絞るのも効果的だ。(TREBLEを上げるのではないところがポイント)
実際に起きているのは低域の音圧の低下だが、感覚的には中高域が前に出てくるように聴こえるようになる。
SS-HP のエンクロージャーの選択
SS-HPにおけるエンクロージャーの選択はどうすれば良いのか。結論としてはこれらのユニットには小さめのホーンで良い。長岡式で言えば、D-101S よりも D-101a の方が良いかもしれない。20cmでも D-58 より D-55 の方が良いかもしれない。D-58(あるいはD-58ES)でもうまく使いこなしている方もいるので、すでにエンクロージャーを所有している場合は新たに作り直すまでは必要ないだろう。工夫次第でどのエンクロージャーでもある程度は対応できる。
これから新たに作る場合には一考の余地がありそうだ。
SS-HPのシリーズを少し小さめのバックロードに入れると、高い駆動力で従来より小さなホーンを駆動することになるので、十分に制動された質の高い低音が得られる。ユニットはリニアリティを向上させることや、より質感を高めることを目的にあらゆるパーツが調整されているので、中高域の質も高い。トータルではバックロードの特徴を持ちながら、全体として品位のある音調を持ったシステムになる。
ただし他のFE系の限定フルレンジよりも音圧は低い。ボリュームを上げれば十分なダイナミックレンジは確保できるが、その分アンプのパワーが活かせないところはあるかもしれない。そうは言っても軽量フルレンジ+バックロードであるから、一般的なマルチウェイに比べればまだ能率は高いと言える。
得るものと失うもの
こうした特徴をもつSS-HPとそれに合わせたバックロードホーンとの組み合わせで、「壮絶系」音源(いわゆる「ゲテモノ」ソース)を再生するとどうなるのか。
「凄まじさ」という点だけに着目すれば、もちろん先のユニットが「凄い」。しかし、先のユニット+バックロードホーンによる再生では聴こえなかった音が聴こえるようになる点は見逃せないと思う。ワッと驚くような凄さではなく、ジワッと湧いてくる凄さ。鋭く突き刺さる音ではなく、飛び出す音の塊と再現される空気感。スピード感は必要以上に鈍ることはなく、十分なスピードを感じられながらも、広い帯域で高い質感を感じることができるのだ。
これは好みなので、このような質感を犠牲にしてでも、凄まじいスピード感を得ようとすることは否定すべきことではない。一方で、質を高めるための様々な取り組みによって「凄まじい」スピード感がほんの少し犠牲になることは甘受しつつも、このような高い質感を実現しようとすることも同時に否定すべきことではない。
個人的には突き抜けるような、尋常ではないほどのスピード感を楽しみたい時もあるけれども、日常がいつもレーシングカーでは疲れてしまう。公道も走れるスポーツカーくらいのものがどちらかと言えば好みだ。
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