バックロードは音が遅れてくる?
バックロードホーンについて「音が遅れてくる」という評価をよく聞く。バックロードホーンの低音は長いホーンを通過してくるので、仮に3mのホーンだとすると、およそ8.7msec遅れて出てくることになる。
しかし「遅れて出てくる」と評価した人が、あらゆるケースにおいてこの時間差を知覚した上で「遅れてくる」と言っているわけではないのではないかとも思う。もしそうであるなら3mのホーンであれば常に同じような遅れを感じるはずなのだが、必ずしもそうではないようなのだ。たまたま遅れ「のようなもの」を感じた時、この3mというホーンの長さにその原因を求めるのが最も腑に落ちる。この考えを合理的だと思うのも無理はない。
一般的にこのような遅れはホーンの長さに起因して「ワンテンポ遅れてくる」からではなく、位相差や管共鳴によってそう感じてしまうことの方が多いようだ。これをもって「やはり遅れている」と言われればその通りなのだが、これらの一部は天井や壁の反射によっても起こることなので、殊更にバックロードについてのみ言えることではない。ただバックロードの場合はホーンの開口から位相差のある低音を豪快に吐き出しているので、壁の反射よりも大きくその影響を感じてしまうということは大いにあり得る。
最後には「ダメさ」も「良さ」も納得できる?
今回は、バックロードにあまり良い印象を持っていない方、噂では「良い」と聞いたのに自分のものは全然ダメな方、他で聴いた時は良かったのにご自身では上手く鳴らせていない方向けに、その要因を探ってみたいと思う。
近年、数十年前とは違いバックロードファンの方々は自作スピーカー界隈においては異端でありマイノリティーとなっている。かつて日本だけはバックロードホーンこそが自作派の王道といえるような時代もあった。長岡氏もいなくなり、ロジカルにアプローチしていくと、どうしてもその枠からはみ出てしまうこの方式は、一般人が手軽に扱えるテクノロジーが進化していくに従って、どんどん理解の範疇を超えた特異な存在になっている。
時代を考えればこれは仕方のないことである。誤解を恐れずに言えば、ここで同じ土俵(科学的に優位性を立証すること)ではもはや太刀打ちは不可能だ。しかし今は多様性の時代でもある。主流でなくてもいい。好きなんだからそれでいいじゃないかと。バックロード好きな方々にも最後には納得してもらえればと思う。
理論から逸脱するバックロード
遅れてくるように感じられることがあるのはなぜなのか。それは単に「長いホーンを通過してきた音だから」という理由ではなく、バックロードホーンをスピーカーシステムとして実現するために、本来あるべき理論からは逸脱せざるを得ないことによる不完全さに起因しているのではないか。これは「ホーン理論の不完全さ」ではない点が重要だ。あくまでも、バックロードホーンを理論通りに作るということは現実的ではないため、結果的に理論通りの状態が実現できないということである。理論通りに作ればエンクロージャーは大きくなり過ぎてしまうし、仮に大きさを許容したとしてもそれを駆動するスピーカーユニットの力が不足してしまう。ユニットの方をホーンを駆動することに最適化すれば、今度はそのユニットが直接放射する中高域での挙動が最適な状態からは離れていってしまう。結局はいろいろな部分で妥協せざるを得ず、完全な状態からはかけ離れていく。
制約、妥協、理論との乖離
フロントホーンはウーハーなどに使うこともあるが、ホーンを効かせる帯域がバックロードとは全く異なり、そこまでの長さは必要としない。また中高域用のホーンはドライバーの振動板面積がかなり違う上にカットオフ周波数はバックロードよりも遥かに高いので、これもまた極端に巨大になることは少ない。中高域のホーンの場合は理論値にかなり近い(実質的に理論値と違わない)状態を実現することができる。一方、フルレンジスピーカーによるバックロードホーンは、中高域の再生と、ホーンによる低域再生を同じドライバーで担うことになるため、どうしても制約が多くなる。
「制約」だの「妥協」だの「理論との乖離」だの、ネガティブなワードばかりが並ぶバックロード。それならやめてしまえばよいのだが、魅力を感じる部分と天秤にかけ、それらのネガティブ要素を上回るポジティブな要素を見出しているからこそ、一部のファンには受け入れられているということなのだ。
ボーボーと鳴るホーン
さて、ホーンの不完全さである。バックロードホーンのホーンは本来、もっと長く、開口をより広げなければ完全なものにはならない。ところが実際には完全に広がるかなり手前までの部分を切り取って使う。完全に広がっていないホーンは見方によっては「管」であり、その傾向が強まれば強まるほど気柱共振が起こりやすくなる。共鳴管の動作だ。バックロードホーンの場合は片方が閉じた管になるので、管の4倍の長さの波長で主な共鳴が起こる。共鳴管は開口端で音が反射して折り返していく。折り返していった波は奥で折り返してまた戻って来る。バックロードホーンにありがちなボーボーといった音の原因の一つだ。この「ボーボー音」は実際に遅れの要素を持っているため、「遅れ」のようなものを感じる要因にもなる。
共鳴管との違い
普通の共鳴管型スピーカーの場合は積極的に吸音材を使うのが一般的だ。使わない場合(長岡式など)は上面開口などにするのが普通で、あまり正面に開口を向けるようなことはしない。共鳴管型ならではの手法で、音質がコントロールされている。
バックロードホーンの場合は折り曲げが多い。折り曲げた場合、ホーン全体だけではなく、折り曲げ箇所の前後、ホーンのそれぞれの箇所が別々の管として動作することがある。共鳴管の場合はこの性質を利用して特性のしゃくれを補うような手法もあるが、バックロードの場合、そこまで考えながら設計すると、かなり歪な形状になりそうだ。このように管共鳴はかなり複雑に起こり、再生音に影響を与える。この個別の管共鳴が必ずしもマイナスの作用にとどまるわけでもなさそうなところが話をややこしくするのだが、今回はそこに触れるのはやめておこう。
開口の工夫で音質向上
それでも、ホーンをしっかりと広げるなどして、管共鳴が起こりにくくなっていると、長いホーンを備えていたとしても、遅れは感じにくいことがある。遅れを気にしてホーンを短くしたことで広がりが不足している状態よりは、しっかり広げるために長さが確保されたホーンの方が、むしろ遅れは感じにくかったりするものだ。
つまり、距離そのものに問題があるというよりは、開口端(だけではないが)で起こる現象の方が問題となるわけで、この対策がうまくなされていれば、いわゆる「遅れ」のようなものは感じにくくすることができる。吸音処理もそうだし、設計段階でこれを起こりにくくすることもできるだろう。セッティングもそうだ。
例えば長岡鉄男氏の設計では、ホーンの拡がり度合いを開口に向かって理論値よりも少しずつ大きくしている。カットオフ周波数を低めに設定したときは、理論通りにすると開口が小さくなり過ぎてしまい、前述のような反射はより強くなってしまう。途中で不自然に大きく広げてしまえば、開口より手前で反射が起こってしまうので「少しずつ」というところがポイントだ。もともと理論通りには作れないのだから、頑なに拡大率を守り続けることの必要性は低いと言える。
開口の位置も重要だ。床(あるいは壁、以下同じ)に近い位置に開口していれば、床がホーンの延長として働く。つまり、開口部でいきなり自由空間に接続するよりは床がホーンの延長として存在した方が、開口部での反射は軽減される。(ユニットが左右の壁に近すぎる場合は別の問題が出てくるので、基本的には床や背後の壁の利用が望ましい)
デメリットを上回るメリットがあればいい
このように多くの場合、「遅れ」(のようなもの)の要因は長さそのものではないので、軽減することは不可能ではない。完全に取り去るのも難しいのだが、要するに、感じている何らかのメリットがそれを上回るようにすれば良いわけだ。ただ言い換えれば、何らかの「メリット」に魅力を感じない場合には、デメリットだけが残ることになり、その人にとってバックロードはダメなものということになる。
クセが強く出がちな方式であることは間違いないので、数少ないケースを見ただけで方式そのものを「ダメ」と判断するのは違うとも思う。それぞれのお好みに合わせて調整していけば、どのような人にもある程度はお好みの音にはなる。(もちろん絶対ダメな人もいる)
現実問題として、理論通りにはなり得ないので、色々なところに矛盾や妥協がとても多い。「そもそもそこがダメ」というメンタリティの人には受け入れ難いだろう。理論的に追い込む部分はバスレフなどと比較すると圧倒的に少なく、理論に固執するとむしろ良い結果が得られないことの方が多い。実際に一般的な室内で使うことを考えれば、スピーカーシステムが単体で理論通りのパフォーマンスをしたところでどうなのか、という問題はさておき、特性の乱れ、位相の乱れは甚だしいのだ。
バックロードホーンの “スピード感”
バックロードのメリットとしてあげられることが多いのが「スピード感」だ。
「ホーンが長いのにスピード感があるわけない」というような言説があるのは、前述のような実体験があるからだろうか。体験はなくても、あれだけのホーンを通過してきた音は遅れてきそうなイメージがあるからだろうか。後者についてはオーディオにおいて「スピード感」という言葉を使う時の意味を共有できていない。「音速はある程度一定なのだから、スピードなんてどれも同じ」という人と全く話が噛み合っていないのと同じだ。(噛み合っていないだけで、言っていることはごもっともである。ただ、ここでの話題は物理現象としての速度ではない)
ホーンは長くても短くてもスピード感があるものはあるし、無いものはない。短い場合、反射してもボーボーとした音になりにくいので、長いホーンよりも立ち上がりが明瞭になり、スピード感を感じやすいとは言える。だが、長いからスピード感は出ない、短いから出るという単純なものでもない。
フルレンジの “スピード感”
バックロードホーンを好む人たちの多くがメリットとしてあげるのが、この「スピード感」だ。一方では「低音が遅れてくるから嫌い」と、まるで逆のようなことが言われているのだから面白い。それぞれ違う個体を違う場所で聴いて評価しているのならまだしも、同じ場所で同じ個体を聴いても同様のことが起こることがある。人それぞれに聴きどころが違うのだろう。
バックロードホーンでは軽量な振動系のフルレンジを使うことが多く、その場合はウーハーよりも反応の良い挙動が得られる。そのフルレンジにうまく調整されたバックロードホーンを組み合わせることで、軽量級ならではのスピード感が全帯域において得られる、というのが多くのファンが優位性として指摘するところだ。
漠然と「バックロードは低音がすごい」というように、主張の一部が切り取られたような情報を耳にしてしまった人の中には「ウーハーを使ったらもっとすごいのでは」という人もいる。確かにウーハーを使った場合の低音量はものすごい。しかし現代において、多くのウーハーはバスレフ型でうまく鳴るようにできているので、わざわざ巨大なエンクロージャーになってしまうバックロードに入れて、過剰、かつ質も今ひとつな低音を得る意味はほとんどないだろう。(短めのホーンで控えめな設計とすればバスレフとは異なる特徴をもったシステムにすることもできそうだが)
また、ここでは「すごい」という意味の捉え方についての問題もはらんでいる。マニアでない人の「低音がすごい」は低音の「量」がすごいという文脈で使われることが多く、そういう意味ではウーハー+バックロードの低音は「すごい」。ただマニアが言っている「すごい」は多くの場合このスピード感であったり、低音の解像感だったりする。誤解の要素はそこかしこに転がっているのだ。
バックロードホーンについて語られるとき、このスピード感や低音の解像感については、バックロードだからという点よりも、軽量振動系のフルレンジだから、という点に多く依存している。バックロード好きの人はバックロード用フルレンジをバスレフで使った場合の音を聴く機会が少ない方も多いのだが、そのような方にそれを聴かせると、少し意外な表情を浮かべながらも、好意的な評価をされることが多い。
暖かい目で見守って…
以上のように、いろいろな誤解や思い込み。理論へのアプローチ手法や評価する際の前提の違い等々によって様々な見方が生まれるバックロードホーン。うまく作られたものを聴けば、たとえネガティブイメージを持っている人であっても「バックロード好きな人はこういう音を良いと言っているのだろう」といった部分までは理解はできるはずだ。(好きになるかは別として)
しかし巷に流布しているバックロードにはあまりうまく鳴っていないものも多い。部屋や設置状態の影響を強く受けやすいため、システムとしての完成度が高かったとしても、環境のせいで良いパフォーマンスが得られていない個体も多そうだ。「だからダメな方式なんだ」と言われればそれはそれで一理ある。
昔ながらの方式なので、現代的にアプローチすると理解し難いところも多く、ツッコミどころも多いのかもしれないが、ぜひとも暖かい目で見守ってほしい。細かい点をあれこれと指摘するのは野暮とも言える。
そういう意味ではこの記事も…
製作・設計のご相談 受付中
それでもバックロードホーンの製作依頼は今も多い。さすがに2way以上のマルチウェイの比率は年々高まってきてはいるものの、バックロードホーンやフルレンジの魅力に惹かれる人は依然として一定数はいるようだ。興味のある方はぜひお問い合わせしていただきたい。
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