KEF Model 303 を聴いた

と言っても最新モデルではない

家具の修理をするために、知人宅を訪問した。家具のプロではないけれども、似たようなことに携わる仕事はしているので、多少の心得はある。その時のこと。そのお宅は女性の一人暮らしだが、きちんとした単品オーディオが一式揃っている。SACDプレーヤーまである。アンプやスピーカーは40年以上前に購入したという古いものだが、きちんとメンテナンスされていて、どれも完動品だそうだ。

スピーカーは見慣れないもので、前後左右の面(といっても背面は見えないが)がネットに覆われているちょっと変わったデザインのブックシェルフだった。

JBL の古いスピーカーに  「L120 AquariusQ」(1974年発売)というモデルがある。四角柱の上に立方体が乗っかっているような形をしていて、その立方体の部分がちょうどこのスピーカーのようにネットで覆われている。ふとそれを思い出したので、「このスピーカーも上向きにスピーカーが付いているとか、4面にスピーカーが付いていたりするのかな…」などと思った。「それにしては壁ギリギリに設置してあるな」などとも。近づいて見てみると、右下のあたりに KEF のロゴが付いているのが目に入る。(背面は壁に近接していて型番を覗き込むことはできない)

JBL L120 AquariusQ

ブランドが分かれば検索もしやすい。どうやら「KEF Model 303(SP1126)」(1979年発売)というモデルのようだ。珍しいデザインだが、構成は 20cm ウーハーと 25mm ソフトドームのオーソドックスな 2way で17リットルの密閉型。ネットを外した状態の写真を見ると、想像よりもスピーカーユニットが下の方に付いていて、ちょっと不思議な感じだ。「音響的に良い場所を選んで配置し、見た目のアンバランスさを隠すのと、デザイン的な面白さもあって全面ネット貼りにしたのかな…」などと勝手に想像する。

KEF Model 303
珍しいスピーカーはすぐに聴きたくなる

滅多にお目にかかれなそうなヴィンテージスピーカーを見ると、聴いてみたくなる。リクエストすると、快く音楽を聴かせてくれた。流れてきたのはスタンダードなクラシック、エルガーの「愛の挨拶」(”Sault d’amour, Sir Edward William Elgar)。部屋の雰囲気にマッチした、実に穏やかで優しい音調だ。

普段の仕事では、「ソフトに収録されている音を余すところなく再生し、ハイトランジェント、くっきり、はっきり、レンジも広く、ダイナミックレンジも極大…」というようなオーダーリクエストが多い。そんな方向性とは正反対の、ひたすら心地良さと、楽曲が(作曲家が?)表現しようとしている何かを掴み取れるような、そんな音楽が奏でられた。

「心が動かされる」と言うよりも、「心に沁み入る」ような、そんな音だ。

普段、自分で設計しようとしてもなかなか難しい音。そもそも「こんな感じの音にしよう」という発想自体がないかもしれない。偶然聴かせていただかなければ決して意識することはなかった音だ。

身近に置きたい「音」

ところで KEF といえば、私が高校生の時に初めて買った単品スピーカーも KEF だった。何もわからず、格好いいタワースピーカー(当時「トールボーイ」という言葉はあまり聞かなかった気がする)が欲しいと、秋葉原に出かけて、一番カッコいいと思ったスピーカーを買ったのだ。当然、予算の上限はあるのだが。それが KEF Q50 だった。

そんな KEF への個人的な思い入れもあってか、こんな音が俄然、家にも欲しくなる。そして何よりも、自分でもこんな音を作ってみたくなる。普段作っているスピーカーの音とは 方向性の異なる癒しの音に、また憧れを抱いてしまった。

新しい場所でいい音を聴くと、いつもそんなことを思ってしまう。偶然経験することができたこの音。この経験を活かしていきたい。

現在も実家には KEF Q50 が設置されている。帰省時にはゆっくり堪能。

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