いただいたレコードのジャケットの片隅に「PCM Recording」と書いてある。1975年リリースの 「ハイヤール/音楽の捧げるもの」という LPで、日本コロムビア(DENON、「デンオン」と読む時代)から発売された日本盤のレコードだ。
盤の状態が非常に良いこともあるが、このレコードの音がとても良い。日本でNHK技研の協力のもと日本コロムビアが開発した PCM録音装置(1972年開発)。その2号機(1974年開発)をパリに持ち込んで1974年12月に録音されたレコードとのことだ。
PCM といえば CD のイメージ。CDが世に出たのが 1982年だから、このPCM録音装置はその10年も前に開発されたものということになる。説明を読むと、要するに磁気テープにアナログ録音していたところをデジタル録音したということで、デジタルのマスターからアナログにプレスしたということだ。ただ、説明書きには「『有』または『無』の組み合わせによる符号を記録」とだけ書いてあり、どこにも「デジタル」という言葉は出てこない。
わざわざジャケットに「PCM」と書いてあるところが今となっては趣がある。このレコード、48年前の録音だが、クリアさといいバランスといい、非常に良い。48年前とはいえ、音の良さをアピールした盤だけのことはある。
当時の日本コロムビアでは、同社の技術の粋を集めて製作したハイファイ・レコードを「マスター・ソニック」と名付けていて、そのシリーズに PCMレコーディングの技術を加えてさらに高音質化したということのようだ。「マスター・ソニック」のロゴもライナーノーツにプリントされている。
記録用のテープには VTR用のものが使われている。テープで記録されていないものでも、「記録映像」の意味で、本来の意味では使われることがなくなった「VTR(Video Tape Recorder)」だが、50年近く前にハイファイの現場で活躍していた時代があったのだ。サンプリング周波数は VTR の規格にあわせやすい 47.25kHz。ビット深度は初号機では 13bit、このレコードが録音された2号機では 14bit となっている。
なお、初号機に関する話題はデノンの公式ブログでも取り上げられている。【世界初のデジタル録音はデノン】
2号機では小型化が実現され、海外に持ち込んでのレコーディングが可能になったという説明がある。しかし、この2号機ですら事務机の上にオフィス用のレーザープリンター、家庭用のインクジェットプリンター、オシロスコープが乗ったくらいの大きさがある。(写真)
多くの人がスマホを手にしている現代からは考えられないほどの大掛かりなシステムだ。これだけのものを高音質録音のために日本から海外に送るという熱の入れようは、現代では逆に失われているような気がしないでもない。