長岡鉄男氏のスピーカーを振り返る
自分自身の情報整理や、お問い合わせへの対応のために、長岡鉄男氏の過去のスピーカー作品の見直し作業をしました。
作品は型番が付いているモデルだけで600機種以上。まずは全てのモデルについて可能な範囲で、何がどの資料に掲載されているのかを整理しました。本によっては「全リスト」と称して掲載されているものもあるのですが、誤りや漏れも多いため、それらを参考にしつつも全て自身で確認作業を行いました。
その中から、入門者が簡単に取り組むことができ、安価で、かつ現代のパーツ(スピーカーユニット)で製作しても良い結果が得られそうなものを選び、実際に作ってみたいと思います。
結果的に特徴の少ない(?)フルレンジの小型バスレフのようなものが選出されることになるかもしれませんが、そうしたスピーカーにも、それはそれで何かしらの狙いがあるのだと思います。現代のユニットを使うことを前提に設計値を検証してみるなどして、良さそうなものを選びたいと思います。
「経験」と「カン」の精度
長岡氏の時代に、アマチュアが設計値をシミュレーションしたりすることは、少なくとも一般的ではありませんでした。現代は、ある程度はシミュレーション結果を検討してから作るので、「これは失敗しそうだ」とか「ここはこうした方が良いだろう」ということが事前に少しは分かります。一方の長岡氏は、一般的な公式をご自身でアレンジした計算式と経験やカンを頼りに設計します。ほとんど一発勝負のような手法で設計しているにも関わらず、今になってシミュレーションしてみると、様々な値がちょうど良さそうな設計値になっていたりしていることもあったりして驚かされます。
私たちが色々と考え抜いて設計し、製作したものが、ほとんど一発勝負のような形で製作された長岡モデルに敵わないということもざらにあるわけです。どんなに精緻にシミュレーションしたところで、最終的に重要なのは、その出音でいかに楽しめるかということです。(満足度の指標はそれぞれ違うので、「測定値がフラットでないと気持ちが悪い」というのも良いと思います)
もちろん、長岡氏の作品の中にも、少し手を加えた方がより良く「なりそう」(なりそうだと思うだけで実際にやってみたらそうではないかもしれない)なものもあります。ただ、経験やカンの凄さを見せつけられてしまっているので、作る前から「こうした方が良いだろう」と、オリジナルに手をつけることはあまりやりたくありません。
ユニットがない問題
当時のスピーカーユニットはほとんどがカタログから消えてしまっています。今あるユニットで、想定されている質をどの程度確保できるのかというのは難しい問題です。「後継」とされる同様の型番(末尾にアルファベットが付記されている)のユニットでも、単純にユニットを入れ替えただけではベストなパフォーマンスが得られないようなことがよくあります。特に近年はユニット設計の思想も少しシフトしているような状況です。これらを後継モデルとして使う場合、設計値から根本的に変える必要まではないとしても、製作後の調整の具合は変えたほうがより良くなるようなケースは多くあるように思います。(そもそも前述のとおり、あまりオリジナルには手をつけたくありません)
スピーカーユニットについては、仮に昔のモデルを運良く入手できたとしても、当時の性能を現在も維持できていることはほとんどありません。場合によってはモデルチェンジ分の差よりも経年変化の方が大きいことさえあると思います。同様に、修理しても修理による差のほうがモデルチェンジよりも大きく出ることはかなり多いと思います。メーカーによる正規の方法による修理(そもそも昔のユニットは正規の方法ではほとんど修理できません)でない場合は特にそうでしょう。
そうは言っても、細かいことを言い始めてしまうと何もできなくなってしまいます。かつてのモデルをできるだけオリジナルに近い形でもう一度楽しみたいというのであれば、中古で入手したオリジナルのユニットや現代の後継モデルを使う以外に方法はありませんから、これらを使うことが前提になります。
ブックシェルフ型BHの名作 D-102(mkII)と最新の FE108NS とのマッチングは良好
一台一台をじっくりと楽しむ
現在は材料となる木材の値段がだいぶ高騰しています。またユニットの価格も当時の倍近くになっています。次から次へ何台も作るのは難しい環境ですので、作ったモデルは徹底的にいじってみたいと思います。多くのモデルを作る楽しみもありますが、一つのモデルをを徹底的に調整して好みの状態に近づけていくプロセスもそれはそれで楽しいものです。
どのようなモデルを選出し、製作することになるのか。私自身は楽しみなのですが、おそらく何の変哲もないモデルになりそうなので、読者の方々はあまり楽しめないかもしれません。完成後はいろいろといじくり回すところもレポートしていきたいと思いますので、それはお楽しみいただければと思います。
あまりにも規模が大きかったり、コストのかかるものは難しいかもしれませんが、「これ作ってみてよ」というリクエストがあればお知らせください。ご期待にお応えできるかはわかりませんが、参考にさせて頂きたいと思います。
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