超高能率/超オーバーダンピングからの脱却とその先にあるもの
2015年以降に発売されたフォステクスのバックロードホーン専用スピーカーユニットは、公称 SPL を比較すると従来のものよりも概ね数値が低くなっている。例えば FE108EΣ が 90dB(w/m) であるのに対し FE108NS は 87dB(w/m) だ。f特を比較すると、低域はほぼ同じ(両者では測定基準が異なるので同列比較すると NS の方が若干低いかもしれない)だが、中低域以上の SPL は EΣ の方が高く、NS では抑えられている。また若干ではあるが Qts も口径によって差に幅はあるものの全て上昇している。
モデル | SPL(dB) | Qts |
---|---|---|
FE108EΣ | 90 | 0.30 |
FE168EΣ | 94.5 | 0.26 |
FE208EΣ | 97 | 0.18 |
FE108NS | 87 | 0.32 |
FE168NS | 90.5 | 0.39 |
FE208NS | 94 | 0.22 |
フォステクス FE-EΣ シリーズと FE-NS シリーズの SPL と Qts の比較
近年のフォステクスは従来「バックロードに適したユニット」とされていた概念からは脱却しつつあるように思える。従来の概念とは例えば、極端に「高い音圧/低い Qts(Qo)/軽い振動系」といった要素を指す。近年のモデルのスペック値を見て「能率が低い」「Qts が高い」という印象を持つユーザーもいることだろう。
スペックから受ける印象は確かにその通りだが、これを持って「退化している」だとか「バックロード向きではない」などと判断するのは早計だ。一部誤解を生じる原因ともなっているこうした数値について、以下、EΣシリーズとNSシリーズを例に考えてみる。
EΣシリーズとNSシリーズの特長
EΣ が発売された頃のフォステクスのバックロードホーン専用ユニットは中域から高域にかけての突き抜けるような音が特長だった。(今も傾向は同じだが、相対的に見れば当時のその傾向は顕著だ)プロモーション活動における試聴にはこうした特長が活きるソースが用いられ、マーケットからも一定の評価を受けていた。こうした特長を実現するために、できる限り磁気回路を強化し、軽くて動きやすい振動系を採用。これらの要素技術こそがバックロードホーン専用ユニットに求められるものだという考えがマーケットだけではなくブランド自体にもあったと思われる。
結果、低い Qo/高い能率/強力なBL値といったスペック値が本来は本質的な要素ではないにもかかわらず評価指標として一人歩きするようになってしまったように思える。本来の意味でのリニアリティや高域の表現力といったハイファイオーディオに求められる本質的な要素は相当程度に犠牲となっていたのではないか。
もちろんリニアリティや高域表現といった点よりも「突き抜ける心地よさ」を求めることは否定すべきことではない。それぞれに別の特長をもつものとして、NS シリーズが登場した後も引き続き EΣ シリーズがラインアップされていることからもユーザーへの配慮が伺える。EΣ に見られるような特長に「バックロードの真価」を見出すような場合(「バックロードの」と言うよりは「フルレンジの」と言うべきかもしれない)には、当然ながら EΣ をお勧めすることになる。
一方で、大きなホーンを駆動する力を備えながら、それ相応の中高域の音圧と質(ここで言う「質」とはリニアリティや表現力)を併せ持ったのが NS と言える。FEシリーズの特長であるクリアで澄んだ高域を備えながら、SPL の高さや Q の低さといったパラメーターを偏重するのではなく、それらの要素を適度にコントロールすることで全体の質の高さが追求されている。ホーンを駆動するのに必要な力とそれにバランスする中高音を追求していけば、通常用途のスピーカーユニットよりも Qts は低くなり、SPL や BL 値が高くなる傾向があるのは間違いない。しかし数値ありきで、それらの数値を達成してさえいれば高いパフォーマンスが得られるわけではない。
極端な話、かつての超オーバーダンピング/超高能率のユニット群のスペック上の音圧は、元の信号に一種の歪みが付加されたことによって実現していると言えなくないか。それによって実現されるいわゆる「高能率」は本来の意味でのリニアリティを犠牲にすることで実現されていると言ったら言い過ぎだろうか。
一部のソースでは一聴して「高解像度」「ハイスピード」と感じられることがある一方で、高音域が「耳障り」「キツすぎる」と感じられるようなソースも少なくない。こうした事象に対して「録音が悪い」という結論づけも見られるが、実際にはそのようなことは少なく、多くの場合は極端な数値を実現した代償として過剰に付加された中高域の「輝き」が影響していると考えられる。(録音が「悪い」のではなく「合わない」のだろう。良し悪しの判断は絶対的なものではない。)
同様の変化は通常の FE-En / FE-NV にもあるように思われる
本質的な音響性能を求めて
かつては、スペックや極端なソースにおけるパフォーマンスで判断されがちだったこともあり「とにかく Qo は低く、SPL は高く」ということが開発の指針としてなかったとは言えないのではないか。しかし近年では「数値」そのものを過度に重視することはしていないようだ。(結果としての Qo であり、SPL)中でも FE168NS は顕著だ。「Qts 0.39」という数値だけをみて失格の烙印を押したくなる人もいるだろう。
数値も含めて追求されていく商品群は現 EΣ シリーズや、そのシリーズの思想を継承した限定ユニットなどである程度は実現されていくことになるのかもしれない。(もちろん NS の方向性の限定ユニットもあるだろう。これは単純に振動板形状だけで判断してはいけない。FE168SS-HP は HP形状の振動板で FE168EΣ と同様の形状だが、傾向としては FE168NS に近い)ただしそうは言っても今後は極端に数値だけが追求されることはなさそうだ。数値だけを追求した商品開発に本来の意味での技術的、オーディオ的な進展があるとは言い難い。
もっとも、数値だけで判断せざるを得ない消費者は何をもってどう判断すれば良いのか? こうした情報をもっと分かりやすく紹介する場をもっと積極的に設けてもらわない限り、「今更そんな事言われても…」ということになる。このような点はメーカー側も努力が必要だろうし、私たちのような立場の者がメーカーから正しい情報を引き出し、広めていくことも必要である。
FE168NS
新たな体験を新世代のフルレンジで
それでも、どちらを選択するかはユーザーのお好み次第だ。ソースによってそれぞれに優位点があることは間違いない。ソースを選ばないオールラウンドさや、一般的なハイファイオーディオの観点から見ればこれまでの要素技術の積み重ねの上に開発された現代の NSシリーズの方が優れていると言えよう。(あくまでも一つの観点から見た場合だ)
長岡氏推薦盤のようなソースに関しては EΣ や従来のスーパーシリーズに優位点を見出すことができる。それでも、それらのソースを NS や Sol シリーズなど近年のモデルで聴くと、それはそれで別の新しい発見がある。鮮烈さやスピード感だけではない、絶妙なニュアンスや潤い、場の微妙な空気感やアーティストの息遣いがこれまでとは異なるリアリティを持って感じられるのだ。どちらが優れているといったことではなく、別の楽しみ方として試してみるのもまた面白い。
FE168SS-HP の誕生
こうした潮流を最も体現しているのは 16cm フルレンジだ。レンジのバランスが最もとれているこのサイズのフルレンジで最初に新たな流れを感じさせたのは FE168NS だ。このモデルも発表された当初は聴く前から「バックロード向きではない」という声が聞かれた。しかし、十分な調整が施されたシステムではバックロードとしての良さを持ちながらも従来とは一線を画する高品位な音を聴かせた。
長岡式BHをベースにユーザーが工夫したシステムは極めて高品位な音を聴かせてくれた
そして2021年、巨大マグネットを備えた最新モデル FE168SS-HP が限定発売された。SPL は 91dB、 Qts は 0.27 だ。20年ほど前の FE168ES が SPL 95dB、Qts 0.21 だったことから、最新モデルに「SPL 96dB、Qts 0.20」といった数値を期待した人もいるだろう。あのマグネットであればそのような数値を実現することは可能だ。ではあの磁気回路によって生み出されたパワーはどこにいったのか。実際に聴いてみればそのパワーの存在を感じることができるはずだ。
FE168SS-HP へのユニット交換について:別のユニットから FE168SS-HP に交換したときはエンクロージャーの調整が必要となることがあります。これまでとはユニットの傾向が変わっていますので従前のモデル向けに調整されたままのエンクロージャーで判断してしまっては従前のモデルとの正しい比較にはなりません。上手くいった場合は元々が FE168SS-HP に向いた設定になっていたことも考えられます。(逆に従前のモデルではポテンシャルが発揮できていなかった可能性があります)もちろん好みの問題なのでどうやっても旧モデルの方に良い印象を持つ方もいると思います。しかしこれまでに FE168ES からの交換を行ったお客様に印象を尋ねると殆どがポジティブなコメントしておられます。上手くいかない場合には具体的なエンクロージャーの情報(調整状態を含む)をお知らせ頂ければお好みの状態にするためにサポートします。FE168SS-HP の入手に関してもお問い合わせください。(お問い合わせはこちらから)
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