吸音材の使い方

※ この記事は自作スピーカーについて書かれています。市販品を開けてその中を調整することは想定していませんのでご注意ください。

 吸音材の使い方には「一般的にはこれくらい」という大まかな通念はあるが、実際には個別具体的な状況に応じて使用する。

 素材についても一概に言うことができない。例えば「フェルト」と言っても粗毛フェルトから手芸用の 1mm 厚程度のものなど様々だ。本来は動物の毛を圧縮した繊維品を「フェルト」と呼ぶそうだが化学繊維を使ったものでも「フェルト」と称されている。広義には圧縮された比較的密度の高い繊維品がフェルトと呼ばれている。

 「ウール」は狭義には羊毛だが、広義には動物繊維全般を指すこともある。つまり「ウールのフェルト」もあるはずだが、吸音材の場合はフェルトとウールは別のものとして区別される。吸音材として「ウール」という場合はふんわりとした繊維全般を指すことが多く、必ずしも動物繊維ではない。むしろ化学繊維の方が多いだろう。昔よく使われた「グラスウール」は文字通りに解釈すれば「ガラスで作った人工の羊毛」ということになる。

 そのような状況なので一言に「ウール」とか「フェルト」などと言ってもあまりにも漠然としている。文字や言葉で表現するなら「具体的な商品名」で語らない限りはほとんど無意味な議論となってしまう。

 吸音材は単純にエンクロージャー内の音を吸収する(振動エネルギーを熱エネルギーに変換する)作用やエンクロージャー内の空気の粘性を変化させるような作用などがある。前者の作用は、バスレフダクトから漏れる必要のない音を制御するのに用いたりする。こうした作用による変化は測定で観測できる。後者の作用もインピーダンス特性のほか音圧周波数特性で変化が見られる。ユニット背面の音がエンクロージャー内で反射し、振動板を通過して前面に出てくるような音は観測するよりも音を聴いた方が判断しやすいかもしれない。

 測定による評価や調整方法は一般に様々なテクニックが紹介されているが定性的な調整については紹介例も少ないのでここで簡単にご紹介したい。

どちらも粗毛フェルトと呼ばれるものだが左は50kg/㎥, 右は100kg/㎥ 弱と密度が倍近くも違う。

現状が問題なく鳴っている場合には現状のまま

 吸音材を入れることで良くも悪くも音のバランスは変化する。自覚はなくても現状がベストではなかった場合(自分では良いと思っている状態だが、手を加えればもっと良くなる可能性を秘めている場合)は予想以上に良くなることもある。もちろん逆に悪くなることもある。本当に満足していて変わってしまっては困るような時はいじらない方が良い。逆にどこか気になる点があれば、「どのような点が気になるのか」を明確にしてから対策を考える必要がある。目的を定めずに「一般的にはこの方が良いようだ」という基準で手を加えると迷走してしまう。

ダクトからの音漏れ対策

 エンクロージャー内の定在波はダクトから漏れ出てくることがある。ボックス内の平行面間の距離を半波長とする周波数が強く観測されれば定在波だと推測される。これも気にならなければ無視して良いが、計算してさらに測定までしてから意識して音を聴くと気になってしまうだろう。

(一般にエンクロージャー内で最も長い)縦方向の定在波は底面(または天面)に粗毛フェルト(ニードルフェルト)など「密度の高くないフェルト(吸音材全体では密度は高い部類)」を使用する。概ね 50kg/㎥ 程度の密度のもので底面を覆う(厚みは約1cm)。程度によって、全面を覆う必要まではないこともある。他の吸音材でも全く問題ない。総質量が同じくらいだと効果も似ているが、極端に厚い/薄いものは質量が同じでも効果が異なる。また、表と裏で仕上げの状態が異なるなど密度が均一でない場合も、どちらの面を上(または下)にするかで出音が違うことがある。

 エンクロージャーの中間点付近に補強桟などがあり、底面や天面ではなく中間に吸音材を設置できる場合はそれでも良い。この場合は面に貼り付ける時(定在波の節付近に貼り付ける時)とは効果が異なるので、量は調整する。ユニットと吸音材の距離が近い場合はユニットから放射される音(内部で反射してユニットを通過する音も含む)への影響度が増すので、そのような点も意識しておく必要がある。軽量振動板のフルレンジは特に敏感なので、50kg/㎥ の吸音材が近く(とりわけ真後ろ)にあると音の鮮度が落ちたように感じる。実際には余計な反射音や歪みが減っている可能性も大きいが、感覚的には「つまらない音」になりやすい。そもそも高域の歪みを気にするような場合にはフルレンジは使わないと思われるので、この手法はウーハーなどの場合に用いるのが無難だ。

 他のことにも言えるが、一つの現象にばかりこだわり過ぎると別の点にネガティブな影響を及ぼすことがある。吸音材は多くしていけばピークが潰れていっておとなし目の音になっていく。測定に現れるものの知覚できていないネガティブなピークのために、知覚できているポジティブな側面を失うようなことにならないよう、ほどほどにしておくことも肝要だ。

ダクトから高音が漏れているように感じる場合は 1mm 厚程度の薄いフェルト(密度の高いもの)をダクトの内側の円周の長さに切り、ダクトの内側に貼り付けるという方法もある。安価な商品として DAISO の「洗えるフェルト」などが使える。厚すぎるとダクトの断面積が小さくなり過ぎてしまうので、この目的の場合は厚いものは使わない。(1mm厚でもダクトの共振周波数が若干低下する)また、ダクトの長さ方向全体を覆ってしまうと生気を失う。状況に応じて出口(または入口)から10〜30mm 程度を覆うことで効果が得られることが多い。なお、接着しないと強い共振で位置がズレるので調整が終わったら何らかの方法で接着する。

 吸音材はまずは大胆に調整してそれを使ったときの変化の方向性を掴む。そこから徐々に変化量を減らしていって好みの状態に合わせていく。調整する時は何をどのように用いた時にどのような変化が聴けたのかを記録しておく。そうすることで別の機会に再現しやすくなる。

手芸用フェルトは 150〜200kg/㎥ あるものが多いので注意が必要

ユニットからの過剰な高音を抑える

 フォステクスのフルレンジの場合、高音がきつく聴こえることがある。その場合はユニットの真後ろにくる面に配置する吸音材で調整するとキツさの具合を調整できる。ここは吸音量が多いと音が死んでしまうので密度の低い吸音材を増減して調整する。密度が高いと変化量が大き過ぎて調整が難しくなる。密度はだいたい 10kg/㎥ 前後の吸音材が使いやすい。商品だとミクロンウール(25mm厚)や熱帯魚用のろ過マット(GEX 徳用6枚入りろ過マット の赤パッケージ<低密度タイプ> 1枚あたり20mm厚)などがだいたいその密度となる。

 ただし 25mm や 20mm だと厚すぎることが多いため、その場合はごくわずかな面積で使うか、厚いものを割いて使用する。(これらの吸音材はミルフィーユのように層状になっているので簡単に割くことができる)割いた時は左右のスピーカーで厚みが違わないように注意する。

 さらに安価な吸音材としては100円ショップ DAISO の手芸売り場にある キルト芯(手芸用の中綿)が薄くて使いやすい。キルト芯とキルト芯ドミットタイプの2種類があり、それぞれ用途が異なる*。キルト芯は 8mm 厚でふんわりタイプ、7kg/㎥ 程度しかなく、ほんの少しだけ調整したい時に使う。キルト芯ドミットタイプは 17.5kg/㎥ あるが、厚みが5mm しかないので1枚で使う場合はミクロンウールの半分弱を使うイメージとなり、バックロードホーンのようにユニットとエンクロージャー内部の背後の面が近い場合には厚さが丁度よい。なお、ドミット芯は表裏がはっきりと違い、パキッとしている面は平らになっているのでエンクロージャーの内側に貼りやすい。なお表と裏では音が異なる。(次項で説明)

*商品名が変更となったため、2022年10月付にて商品名部分を書き換えました

材質は同じだが密度, 厚み, 表面状態が異なるのでケースに応じて用いる
(2022年5月現在、商品名とパッケージが変更されています)

ミクロンウールを 10mm 厚に割いてユニット裏に設置した様子。このケースではあえて裏面を表にして使用している。(ユニットは FE108NS

素材や表面状態による音の違い

 素材や表面状態の違いで音は違う。細かい調整になってくると吸音材の表裏の違いでも音が違うので注意が必要だ。

商品によっては表と裏で仕上がり具合が違っており、パキッと仕上がっている面とふわりと仕上がっている面があったりする。パキッとしている面は高い音ほど反射する傾向があるので、吸音材は入れたいが高域の輝きはなるべく失わせたくない… というような場合はその面を表にする。ここでもケースバイケースでの調整となる。

 そこまで気にしない場合は左右のスピーカーで吸音材の表裏が逆にならないように気をつける程度で良い。左右で逆になっていても気付かない程度のことが多い(ステレオで聴いていたらまず気付かない)が、一度違いを知ると意識して片方ずつ聴けば耳で聴き分けられるほどの違いはある。一目見たところで表裏の違いが無さそうなものでも、よく見ると(あるいは触ってみると)違うことがあるので注意してほしい。

 あまり意識しないかもしれないが、吸音材の「側面」の扱いにも注意が必要だ。吸音材は使用するサイズに切り出して使用するが、切断面はあまり良くない状態で音を反射することがある。ユニットの真裏に近い位置にこの断面がある場合には少し気になる音を反射する可能性がある。念の為この情報は頭の片隅に置いておくと良い。

使用量の目安

 使用する量は大まかには質量で考えると目安になる。10kg/㎥ のものを 1cm厚で使うのと 5kg/㎥ のものを 2cm 厚で使うのとは似ている。ただし 100kg/㎥ のものを 1mm で使うような極端な違いがあるような場合はかなり変わるようだ。厳密な計算ではなく、目安としておくと調整しやすいかもしれない。

音の良い吸音材?

 吸音材は使用する素材、密度、設置場所、使用量(面積と厚み)を状況に応じて使い分けるのが基本だ。「常に音の良い吸音材」というのは誤解を恐れずにいえば存在しない。全てがケースバイケースだ。「色々な状況に適合しやすい」ものはあるかもしれないがどのような状況でも「良くなる」というものはない。調味料のようなもので「美味しい塩」はあるが、味を整えるのに「常に塩」ではない。本来砂糖を使うべきところに「高級な塩だから」という理由で塩を使わないのと同じだ。

 「吸音率が高い」ものは変化が感じられやすいので「音の良い吸音材」と見られがちだ。余計な音がたくさん鳴っている場合には効果は高いが、ある程度設計がちゃんとしているエンクロージャーはもとから余計な音が少ないので、使い過ぎれば逆効果になることもある。違うユニット向けのエンクロージャーを別の特定のユニットで使うようなケースでは吸音材が多めになりがちなような気がする。もちろん吸音材の効果は「余計な音を消す」ことだけが目的ではないし、もとから吸音材込みで考えることもあるので、「吸音材が多いエンクロージャー=ダメ」というわけではない。

 吸音性能が高い素材は変化が大きいため微調整も難しい。細かい追い込みは吸音性能がそこまで高くないものを多目に使って調整した方がやりやすいと思われる。もちろん使い慣れていれば使ってはいけないということではない。その方が使用量は少なくて済むのでむしろ良いとも言える。

 また、フォステクスのフルレンジのようなユニットは特に変化に敏感だ。「効きすぎる素材」は逆効果となり、本来の性能が発揮できなくなることも多いので注意が必要である。ただし「あの音」が苦手な人は普通の音に近づけられるので良いかもしれない。そこまでしてわざわざ使わなくても良いような気もするが。

環境や好みに合わせたチューニング

部屋の環境がライブな場合には多めに使用してバランスすることがあり、デッドな場合にはその逆だ。環境によってはピークを抑えまくるよりもそのままにしておく方が良いこともあるが、もちろん程度による。明らかに耳障りなピークをそのまま鳴らして「解像度が高い(ように感じる)」のも狙いといえば狙いで良いのだが、それによって「この音源はダメだ」となるような音源があまりにも多いような場合は音源の問題ではなく、スピーカー側の問題だと言える。ただそれでも「特定の音源を100% 鳴らし切れば他はそこそこで良い」とするのも自作ならではの醍醐味とも言えるからそこはユーザーのお好み次第だろう。

吸音材は最後の微調整が基本

 以上のように、繰り返しとはなるが、使用する素材、密度、設置場所、使用量(面積と厚み)を状況に応じて使い分ける。個人的には2ウェイなどではネットワークはセオリー通りにフラットを目指してキレイにつないでおき、こうしたエンクロージャー調整で好みに仕上げていくのが良いと思う。もちろんバスレフの場合はそのチューニングをどうするかやフロントダクトかリアダクトかといったことをあらかじめ好みに合わせて決めておくことが前提だ。(このようなエンクロージャーの基本セッティングも自身の好みが分からなければひとまずはセオリー通りにしておけば良い)

バックロードホーンの吸音材

 バックロードホーンなど、セオリー自体が実態にあまりそぐわない(音響理論どおりにやると非現実的なサイズになる。また、部屋の影響を非常に強く受けるためエンクロージャー単体を理論どおりにすることが少ない)ような形式の場合、エンクロージャーの設計は不安定になる。勘所を抑えれば吸音材に大きく依存しなくても狙い通りの音を出すことはできるが、多くの機種(スピーカーユニット)への「適用」をうたったキットタイプのエンクロージャーなどの場合は大幅に手を加えざるを得ないこともあるようだ。そんな時は吸音材の駆使が必要になる。

 「吸音材ゼロ」で高いパフォーマンスを誇るバックロードもある。誤解してはならないのはそうしたバックロードホーンはそのような狙いで、特定のユニット向けに設計されたもので、その設計がうまくいっているからこそ「ゼロ」で済んでいるということだ。決して「どのような場合でも吸音材ゼロが良い」、「吸音材ゼロだから良い」ということではない。(全般的に「◯◯だから良い」という場合は一度立ち止まって冷静に判断した方が良い)

 また、そのエンクロージャーがよくできていても、ユニットが変わればパフォーマンスも変わる。「吸音材なしでも良いバックロードエンクロージャー」なのではなく、「特定のユニットと特定のバックロードホーン型エンクロージャーの組み合わせの場合は吸音材が不要」ということがあるに過ぎない。

 具体的にどのようなケースでどうすべきなのかにはお好みや使用環境、現状の鳴りに合わせた個別具体的な対応が必要になるので、必要ならば問い合わせてほしい。

FE108NS を使用したバックロードホーンを調整した時の記事はこちら。

密閉型の吸音材

 密閉型の場合は通常はあらかじめ吸音材を一定量充填することが前提となる。まずは少なめから、あるいは無しで…という調整手順ではなく、あらかじめ多めの状態からスタートすることで良い。

 左右の使用量には十分注意し、差がないようにする。量はできる限り計測し、設置位置や吸音材の表裏にも注意する。

 密閉型の場合、吸音材の使い方に多くのノウハウがあるエンクロージャー形式だ。筆者はその点についてはまだ研究が足りないので、試されるかたはご自身で色々とご検討いただければと思う。

FE108SS-HP をスーパースワンで使ったときの調整の記録はこちら

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