FE108SS-HP をスーパースワンで使う Part 2

(続)ヘッドの調整

ヘッド部の調整は全て背面に吸音材を入れることを標準として行った。最初はそれぞれの素材の傾向を探るためほぼ同じ面積で背面を覆う。スーパースワンのヘッドの内部は1辺130mmの立方体形状になっており、四隅に高さ方向35mm、奥行方向130mm、幅方向15mm の補強材が入っている。より丁寧にやるならその分を切り落として(以下の写真のような感じだ)背面をピッタリと覆うことになるのだが、今回は多くの場合そこまではやっておらず、130×130mmの正方形のものは四隅を内側に折り曲げて使用している。また素材の厚みはその素材を入手した状態のまま使用しており、厚みの調整は行なっていない。

天然ウール

最初は天然のウールを試すことにした。厚みは約7mm。質量は 5.1g。全体的に響きは減少するが、音調が整って見透しが上がったように感じる。しっとり、しなやかで質感を重視した趣だ。クラッシックなど質感を重視するような音楽には合っている。一方で激しいロックなど、ガンガン鳴った方が楽しい音楽では整いすぎてつまらない。好みによっては、曲のジャンルにかかわらずこれだと寂しいと感じるユーザーもいるだろう。長岡氏推薦盤の定番でもある『古代ギリシャの音楽』を試聴すると冒頭部から響きが足りない。この手の音楽のファンであればこの状態では「なまくら」だと感じるに違いない。

ただ、この調整状態はこれまでのフォステクスの 10cm フルレンジではあり得る範囲の調整状態だ。FE108-Sol などを使用しているユーザーにはこのくらいの調整状態になっている方も多くいそうで、その場合は単純にユニットを FE108SS-HP に交換しただけだと、このような「つまらない状態」になってしまう可能性が大きい。元気の良い音が好きな人はここの吸音材はむしろ無しの方が良いのかもしれない。

粗毛フェルト

今回使用した粗毛フェルトは 10mm厚。一般的な粗毛フェルトは概ねこの程度の厚みだ。質量は 27.2g。通常この位置に粗毛フェルトを使うことは少ないのだが、今回は実験の要素もあるので使用してみる。概ね予想通りの変化で、中域を吸っている印象だ。高域のシャリシャリ感と低域の量感はそのまま出てきているように感じる。フルレンジの最も美味しい部分であり、ユニットが直接リニアに再生できる部分だけを逆かまぼこ型に吸音材するようなイメージだろうか。良いところが一切なくフルレンジが台無しになってしまう。極端に言えば 3way のミッドレンジが故障しているような状態。この状態ではこのユニットの評価はおかしなことになりそうだ。逆に考えれば、フルレンジの帯域に出てきて欲しくない開口部の使用には適しているのかもしれない。(後述)
『古代ギリシャの音楽』では高域のチャリチャリ感や空間の余韻についてはウールよりもある。しかし奥行感は消えてしまい吸音材無しの方が遥かに良い。

粗毛フェルトは非常に一般的な吸音材の一つで、使用している方も多いと思う。前述のような結果はこのユニットとエンクロージャーのこの位置でこの量を使用した場合の個別具体的なケースでのことに過ぎない。決して粗毛フェルトそのものについて常に現れる現象ではなく、使用する場所/量によっては良い結果を生むことも当然ある点には留意していただきたい。

DAISO キルト芯

キルト芯は 7mm 厚程度。質量は 0.7g とかなり軽い。一聴した感じでは吸音材無しの状態に似ている。ユニットのそばで使用する場合はその反射音が振動板を通して感じられやすいのだが、キルト芯をユニット近辺で使用すると、使用しない場合よりもむしろガサガサしたような濁り音が増えているような印象で、綺麗に聴こえない。この程度であれば吸音材無しでも良いだろうか。実はこの「キルト芯」はバスレフ型スピーカーでは活躍することが多い。バックロードホーンの空気室で使用する場合、小口径の場合は特にそうなのだが、ユニットのすぐそばに吸音材が配置されることになる。ある程度離れた位置に配置されるようなケースでは感じられなかった反射音の影響が、今回のようにユニットのすぐ後ろに配置された場合には気になってしまうということなのかもしれない。

DAISO キルト芯(ドミットタイプ)

ドミットは 3mm 厚で質量は1.4g。キルト芯と素材は同じだが、仕上げの状態が異なっている分厚みはほぼ半分で質量は倍になっている。一聴するとキルト芯のガサガサ音と比べるとしっとりとしている。『古代ギリシャの音楽』でも笛の音に実在感がある。刺激はあるが過度な刺激ではなく、この音楽には必要な刺激だ。しっとり感はウールのような感じだが、化繊には独特の響きが乗るとのこと。今回は逆にその響きが程よい味付けとなっており、これまでの吸音材の中では最も良い感触だ。ヒンヒン、ヒャンヒャンとした響きにはならない程よい響き。この程度の化繊の響きであれば元気良く鳴らしたときに良さを発揮するバックロードホーンにはむしろ合っているのかもしれない。
粗毛フェルトのところでも述べたとおり、この特徴も今回のケースに限ってのことである。ユニットから少し離れた場所で使うような場合には今回は適度であったドミットの響きでは逆に不足することも考えられ、そのような場合にはキルト芯が合っている可能性もある。

GEX 徳用6枚入り ろ過マット

25mm 厚で質量は 2.5g。これをこの場所で使うとしたら普段なら厚みを減らして設置するところだが、今回はそのまま使う。この材料は吸音力が弱く、比較的多めに使っても変化は少ない。今回も一聴したところあまり吸っている様子はないがおとなしくはなる。色々な曲を聴き進めると、特定の音がヒィーヒィーと鳴ることがある。特定の音が鳴っているイメージでヘッド裏のこの位置には合わないように感じてくる。そこまで極端ではないが、粗毛フェルトに似たような印象もある。化繊の反射によるガサガサ音が加わった上で特定の響き(主に中域)が減っているため全体のバランスを崩してしまっている。クラシック(今回は主に Beethoven Piano Concertos 4&5 / BIS Records SACD-1758 から Tr.3 の No.4, III.Rondo. Vivace を試聴)は全体的に不明瞭でモソモソ感がある。オーケストラのバランスは崩れ、ベースラインや低音(ピアノの左手)の分解能は圧倒的に低下する。

声の帯域は高域にキラキラとした反射音が乗ることで良いと感じる部分もないわけではない。ただ設計者視点では、せっかくユニットの低域の分解能を上げたのにそれが出てこないのは残念だということである。確かに ドミットで感じていたような低域の分解能は消えてしまっている。

なお、この素材もそうだが、バックロードホーンのスロート部やその他の場所で使用しても素材の反射音によるモソモソ感、ガサガサ感が現れるようなことは少ない。ヘッドで使用した時、とりわけユニットと吸音材の距離が近い場合に顕著に現れる現象だ。

DAISO 洗えるフェルト

試聴には110×110mmを使用

「DAISO 洗えるフェルト」は 1mm厚 で 2.5g。このフェルトもユニットのそばでは通常使わないが今回は実験ということで使用した。試聴結果としては「わざわざ入れることはない」というのが結論だ。吸音材無しの方が良い。低域の倍音成分は無くなってしまい、音程感が分かりづらくなる。一方で高域までは吸わない、あるいは反射のためなのか、シャリシャリ感は残る。粗毛フェルトに似たバランスである。
これについては、記録用の録音データに「ヤバいヤバい、こわいこわい」といった私の声が残っている。これはこの調整状態で試聴されたら「(ユニットの評価が)ヤバい事になるからこわい」という意味の発言だ。「マイナスにプレゼンするならこれだな」という発言まで残っているほどのインパクトだ。

なお、この素材もバックロードホーンの開口部では活躍することが多い。やはり中域を中心に吸音する素材が開口部には向いているのかもしれない。(後述)

天然ウール(サイズ変更)

一通り聴いたところで、質の面で最も可能性を感じたウールをサイズ調整した上でもう一度試してみることにした。現時点で素材だけではドミットが一歩リードといったところである。最初の 130×130mm のウールでは多いと感じたため、およそ3割減の 110×110mm で試してみる。試聴すると 130×130mm では多いと感じたウールだが、今回は多いとは感じない。オーケストラも全体の響きが整って心地よい。バランス、質が両立しており、吸音材を入れていない状態と比べても音が「減った」という印象がない。吸音材を使うと情報量が減ると考える方もいるだろう。吸音材無しでユニットから出てきた情報を全て減じることなく出力する方が良いという考え方もある。ところが、今回のケースでは、本当に不必要な響きを取り除いて整えていくことで、むしろ情報量は増えているように感じた。「抑えたことによって、より出る」ということがあり得るわけだ。出てきた音のなかから自分に必要な情報を聴き取るのではなく、初めから必要な情報だけを出すというイメージだろうか。これはユニットの開発理念そのものにも通じる部分がある。

ヘッドは天然ウールに(ひとまず)決定

さまざまな素材を試した結果、ひとまずヘッド部は背面に 110×110mm(t:7, 3.7g)を標準とすることにした。ヘッド部の調整プロセスを経て感じたことと、かつてのフルレンジと最新のフルレンジとの違いには通じる部分がある。音はとにかく「出せばいい」わけではないく「整った音が出る」ことの方がはるかに重要であり、聴いた時の印象も良いということだ。スペックや特性上では旧モデルの方が(特に高域にかけての)音圧が高いのだが、高域の不足感は全く感じない。

また、吸音材の素材の特性だけに着目してしまうことの落とし穴も感じた。普段の用途で良い結果が得られていたとしても、別のケースでは必ずしも良い結果は得られない。また、量の増減によっても印象は大きく異なってくる。今回は最初の試聴で最も可能性を感じたウールだけは量を変更して試しているが、そこまでの良い結果が得られなかった他の素材についても量を増減することでまた別の良い結果が得られる可能性はある。

ユーザーの好みの問題もある。「良い結果」とはそれぞれのユーザーごとに異なるものである。「ヘッドの吸音材ゼロ」の状態も見方によって全く逆の結論になり得る。ユニット裏の反射音が振動板を通して出てくることで「響きが二重になって不明瞭だ」と結論づけるユーザーがいることも、その音を「元気が合って良い」と感じるユーザーがいることも全くおかしいことではない。この「ひとまずの結果」にとらわれずに、今回のプロセスを参考にしながらそれぞれのユーザーで色々と試してみていただきたい。

次回 Part 3 はマウス(開口)部の調整です。