スーパースワンをグレードダウン(?)する
自作バックロードホーンの金字塔、”スーパースワン” にわざわざ手を加えるというのはその完成度の高さと畏れ多さからプロほどやりにくい。個人で挑戦されている方はかなりいると思われるが、わざわざグレードダウン方向にトライした人は少ないのではないか。
スーパースワンをマイナーチェンジしようとした場合にはいくつかの検討要素がある。例えばより曲線を取り入れて理想形(丸いヘッドとボディ)に近付ける、板材や板厚を工夫してみるといった具合だ。これらはいずれもスーパースワンの設計値を前提として、さらに上を目指していることが多いように思う。
スーパースワンはフォステクスの限定10cmフルレンジモデル向けに設計されており、限定フルレンジを使用した時には素晴らしいパフォーマンスを発揮する。オリジナルは FE108S、その後はマナーチェンジモデルなどもあるが、代表的なものとしては材料にバナナパルプが加えられた「ESコーン」を採用した 6N-FE108ES、さらにHP振動板となった 6N-FE108ESII、そして最も新しい FE108-Sol (2015年)などは適合ユニットと言える。オリジナルの FE108S 以外のユニットは発売時にはすでに設計者の長岡鉄男氏の没後なので、エンクロージャーの公式なアップデートは行われていない。6N-FE108ESII 向けには全体を 5% 拡大したモデルが雑誌で公開されたことがある。その取材の時は私も製作をお手伝いして音も聴いたはずなのだが、残念ながらほとんど記憶がない。
その後はどちらかと言えばユニットを開発するフォステクスの側がスーパースワンを意識した設計をしていた節がある。それ向けに開発しているということはないが、開発段階でスーパースワンでのテストもしていると思われる。
昨年、スーパースワンに過去の限定10cmフルレンジを入れてテストする機会があり、FE108S, FE108ESII, FE108-Sol の3モデルを比較試聴した。これらのユニットではエンクロージャーとのアンマッチを感じるようなことはなく、それぞれのユニットの特徴がよく表れていた。オリジナルならではのバランスを発揮する FE108S、力強い低音の FE108ESII、最新型ならではの繊細さをもつFE108-Sol といった具合だ。この時のレポートはブログ【Fostex FE108 シリーズをスーパースワンで比較試聴する】に掲載している。
一方限定品でないレギュラーユニットの FE108EΣ や FE108NS を使用したときはエンクロージャー(スーパースワン)もユニットもそれぞれの本当の力を発揮することができないように感じた。
これについても、それぞれ【FE108NS を長岡式 D-101S(スーパースワン)で聴く】【FE108NS がスーパースワンで鳴る?】で検証した。
単独ではそれぞれ評価の高いものが、組み合わせるとその高い性能を発揮できない。こんな状態はエンクロージャーとユニットいずれにとっても不幸なことだ。そこで今回あえて、いわばグレードダウンとも言えるような変更を加えた “Tundra Swan” である。
当初はスーパースワンに手を加えることの畏れ多さや「いい加減このモデルから離れれば?」といった想いから、全く違ったバックロードホーンを設計することも考えた。しかし、まずは FE108NS の良さを知っていただくために衆目を集めることを優先し、あえてほとんど外観も変えないマイナーチェンジモデルを選択することにした。
FE108NS への最適化を目標とする
Tundra Swan とは「コハクチョウ」。その名のとおりスーパースワンを小ぶりにしたモデルだ。サイズは異なるものの多くの点でスーパースワンの特徴をそのまま残しながら FE108NS への最適化を目指した。全高はスーパースワンよりも 30mm 低い980mm。接地するボディ部分は 33cm×33cm と見てわかる程度には小型化されている。ギリギリだが、1本をサブロク1枚で作れるところもポイントだ。
サブロク1枚で1台できるのは FE106Σ 用のスワンa も同じだ。結果的にスワンa と近いサイズ感になったのだがそちらは全く参考にしていない。結果だけで言うならスーパースワンをベースにスワンa に戻したような感じだが、スワンmkII から発展して出来上がったスワンa とスーパースワンを経てマイナーチェンジしたスワンとは全く違うと思う。(そもそも設計者が全く違うのだが…)
スワンa の時のバックロード用10cmフルレンジと言えば FE106Σ であった。当時の Σ と現代の NS では中高域の出かたが全くちがう。中高域がとにかく突き抜けるようにひたすら伸びていくかつての FEシリーズから何世代かを経て現代の FE108NS へと至るわけだが、現代の FE-NS は、歪感が少なく、より洗練された中高域に特長がある。かつての Σ もスルーで使用した時の表現力は「微小信号まで再生する」などと言われていたものだが、実際には振動板自体が本来の信号とは異なる音を出してそう聴こえていた部分はあった。フルレンジである以上現代の NS にそのような点が無いわけではないが、やみくもにオーバーダンピングを狙っただけ(といっては大袈裟だが)の当時のモデルとは根本的に思想が違うと言えよう。つまりかつてのモデルと比較すれば、現代の NS は本来の意味でのリニアリティは向上している。その分おとなしくなったように聴こえるのは情報の欠損ではなく、より正確に表現するようになったためだと言える。
そうなると今までと同じように低音量を出していたのではバランスしない。中高域の「聴こえ方」にバランスするように低音の「量」と「質」を調整していくことが求められる。ホーンのサイズはユニットの駆動力だけではなく、中高域の聴こえ方によっても調整が必要になってくる。とは言え確立された手法はないので、手探りとなるのだが…
Tundra Swan の設計
Tundra Swan のスロート断面積は実寸で 35.75cm^2(5.5×6.5cm>)とした。スーパースワンの 42cm^2 はもちろん スワンa の 39cm^2 よりもさらに小さい。計算上は 約29.4cm^2 と実効振動板面積(約49cm^2)の 60% を基準としている。
fc は 25Hz とした。ホーンの広がり係数は約 0.913、長岡式の広がり率(ホーン長10cmごとの拡大率)では約 1.0956 となる。ホーン長はおよそ 2.5m。空気室は約 2.0ℓ。
音道の折り曲げ構成はスーパースワンと同じ。全高は 980mm。スーパースワンと比較するとヘッド部で-10mm、ネック部で-20mm縮小され、全高は 30mm 低い。サブロク1枚に収めるために支障がない範囲で部分的に板を縮小しているところもあるが基本的には同じ構造だ。ボディの前面に貼ってある板もそのまま踏襲。ここの幅がスーパースワンより狭いのもサブロクに収めるためだ。
(左)長岡鉄男氏設計 D-101S <スーパースワン>/(右) Tundra Swan
Tundra Swan の試聴(調整無しの状態)
完成した Tundra Swan に FE108NS を搭載して音を出してみる。まずは吸音材ゼロの状態だ。
中高音は若干のキツさはあるものの綺麗な FE108NS の中高音が活きている。この時点でスーパースワン(ただし調整済み)に入れたときとは音がだいぶ違う。締まりのない低音がダダ漏れの感じとなってしまうスーパースワンとの組み合わせよりは相当にマッチング度の高さを感じさせる。
低音には締まりがあり、ボンつきのようなものはほとんど感じられない。
少し気になるとすれば中高音と低音のバランスだ。低音の量感は相対的に若干少ないように感じられる。スロートをかなり絞ったこともあるかもしれないが、吸音材ゼロであることも影響しているかもしれない。ヘッド部に中高音のキツさを抑えることを狙った調整を施すことで相対的に低音量が十分に感じられると予想する。(希望的観測…)この時点で低音が量的にバランスしていたとしたら中高音の調整が難しくなるのでここはポジティブに捉えたい。調整はできる限り少ない方が良いので、中高域の調整により、低音量が大きく聴こえるようになってしまうよりは良いと考える。結果的に吸音材無しの鳴らし始めの状態としてはほぼ理想的な状態となった。
さてこここまで FE108NS を活かすためのエンクロージャー、Tundra Swan の構想と設計そして素の状態での試聴結果について述べてきた。次回は FE108NS 搭載時の標準状態を設定するための調整を施していく。
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