スピーカーユニットの良し悪しを見極める

音圧周波数特性がフラットであること

 スピーカーユニットの良し悪しは多分に個人の嗜好によるので、絶対的にどちらが良いということはない。(ユニットに限らず何についてもそうであろうが)
 物理的な特性、例えば音圧周波数特性を比較すれば、その点に関してどちらが良いかということは判別できる。周波数特性が良い(一般的にはフラットである)ということは一つの参考にはなる。しかし個人の嗜好という観点から言えば、周波数特性がフラットであることは一つの側面に過ぎない。音圧とは文字通り音の大きさであり、その質については全く担保されていない。(フラットネスは広義の「音質」であるとも言えるがここでの「質」はそういう意味では使っていない)その他の物理特性には「良好」とされる状態があり、それぞれが良好な状態であるに越したことはない。しかしそれぞれの特性には反比例するような要素もあり、どれをどの程度まで重視してバランスを取るのかというところまでは明確に「これが良い」と言い切れない部分が残る。

 音圧周波数特性をはじめとする観測可能なこれらの数値は決して軽視して良いわけではない。同じ基準で測定した結果を比較することは客観的な評価という意味で非常に大切なことだ。あまりにも主観に寄った評価は自分だけで完結しているときには全く問題ないが、第三者が関わる場合には極めて説得力が弱くなる。

 一方で基準があるということは相対的なものだということでもある。基準が変われば結果も変わるということであり、過度にとらわれるべきでもない。スピーカーは聴くためにあるものであり、無響室で測定するためにあるものではない。また、一般的にスピーカーユニットをユニット単体の測定条件である無限大バッフルや何百リットルもある密閉箱では使うことは少ない。バックチャンバーからの負荷がかかることによって低域だけではなく、中域まで大きく変化するものもある。そのようなユニットはそもそも測定基準自体が合っていないということになるわけだが、だからといって聴いた時のパフォーマンス(あるいはねらい)を犠牲にして測定結果の良さを求めるか否かは製品作りのスタンスによるだろう。

 近年は測定機器も導入しやすくなっており、実際に使用するエンクロージャーに入れた状態で計測することが一般レベルでも可能になっている。メーカーの公式データの測定環境と比較してどうかという問題ではなく、たとえ測定環境に多少の問題があったとしても、実際に使用するのと近い状態で計測してその情報を調整にフィードバックすることは公式データをそのまま検討するよりも遥かに合理的と言える。買う前に色々と実験できるわけではないので、この段階で「良し悪しを見極める」のでは遅いのだが…

試聴、どのような状態で?

 あるエンクロージャーに入ったユニットを聴いても、他のエンクロージャーに取り付けたときとは音が違う。試聴は何らかのエンクロージャーに入った状態で行うことが多いため、その時たまたま入っていたエンクロージャーによって印象が決まってしまうこともある。前述の通りエンクロージャーは中高域にも影響する。ボックス内の空気圧による負荷もあれば内部の音が振動板を通して外に放射される影響もある。密閉型以外のエンクロージャーではユニットの裏側の音が直接漏れ出てくることも影響する。

 慣れてくると、特定の箱に入った状態での試聴であっても、その箱がどのような設計で、どのように調整されたものであるのかが分かれば、他のエンクロージャーで使ったときの大まかな予測はできるようになる。予測ができなかったとしても、その時に聴いた音の印象がよければ、少なくともそのような音を出すことができるポテンシャルはあるということも分かる。一方で、もしそのときのパフォーマンスを良くないと感じたとしても、そのユニットがダメだと断じることはできない。そこはまた難しい問題だ。

 自身が使う予定のエンクロージャーと同じエンクロージャー(少なくとも同じ形式のエンクロージャー)で聴くことができれば、もちろんその試聴は参考になる。しかし、良し悪しの判断が極めて細かなニュアンスよって決まるような場合はまた問題だ。エンクロージャーの内部がどのように調整されているかが細かく分かっていれば良いのだが、常にそうもいかない。細かいニュアンスはちょっとした調整でも変わる。部屋の環境やもちろんアンプによっても変わる。

 こういうことを言い始めてしまうと、自身の使う環境において自身の使うエンクロージャーを使って試聴する他はないことになる。ここまで気にしてしまうともはや「試聴など意味はない」ということになってしまう。極論を言えばそれも一理あるのだが…

4年前にFOSTEX ショールームで開催したイベント。同一ユニットをさまざまなエンクロージャーで比較試聴した。

お勧めにはその人を知ることが必要

 私がユニットをお勧めする場合、お客様の使用環境における様々な事柄や条件をヒアリングする。過去にどのようなソースをどのように再生してどのような印象を持ったのか。それによってお客様のお好みや、現状どのような音が出ているのかを推測し、それに合わせてアドバイスする。可能なら同じ時間と場所を共有して同じソースを聴き、その場で感想を共有するのが一番だ。そのような機会を持つことができれば「そもそも不可能」なご要望でない限り、多くの場合はご要望に近い状態となるようなモデルや使い方をご案内することができる。

レビューの難しさ

 以上のような前提に立って考えると、不特定多数の人に向けてある製品のレビューを行うのは非常に難しい。嗜好が異なる人々に向けてのレビュー。客観的な情報はまだ良いが、それでさえ、書き方によっては時にそれが一人歩きして真意が伝わらないこともある。(受け手のリテラシーの問題もある)まして自身の感想であれば尚更、多くの場合真意は伝わらないだろう。それならばむしろそんな情報は無い方がましだと思うことすらあるが、そこは一つひとつ丁寧に説明していく努力が必要だろう。

 レビューについては受け手の方もちょっと疑ってかかるくらいがちょうど良い。自分自身が詳しくないことに関する解説やレビューほど信用してしまうものだ。一度自分が詳しい分野の解説やレビュー、Wikipedia などを読んでみてほしい。それらがどれくらいいい加減なものかがよく分かると思う。誤りとまでは言えなくとも諸説あるようなことを断定していたり、表現に微妙なニュアンスの違和感があったりすることはしょっちゅうだ。(この文章も例外ではない)例えば自分が勤める会社とかよく知る作家やアーティストの Wikipedia を見てみよう。ツッコミを入れたくなる部分があるはずだ。
 これは元々正確性が担保されていない類のソースだけではなく、一見誤りは無さそうな専門書などでも同様だ。何事も一つのソース(あるいは一人の著者)だけではなく、異なる複数のソースを参照するのが良い。

多様な状態で聴くことが大切

 適切な座学は不適切な体験に勝るということも感じる。特異な状況での体験は参考にならないばかりかその人にとって余計な情報となり得る。
 一方で、適切な体験はいかなる座学にも勝る。では「適切」とは何なのか。ある程度の基本的な内容を理解した上で、できるだけ先入観を取り除くことがまずは重要だ。また、起こった事象や感じた事と、試聴対象の客観的状態との因果関係を見誤らないことも大切である。因果関係はよくわからないことも多い。目につきやすいところや自身が注目していたこと、たまたま発見した「腑に落ちやすい事実」に原因を求めやすい。「こういう場合はこうだった」という事実だけを蓄積していき、そこから因果関係を推測し、なるべく多くのケースでそれを確認した上で、因果関係の確かさを強化していくほかはない。ただの一事例だけで因果関係を断定すべきではない。なるべく多くの事例から推測の確かさを高めていくことが大切だ。

 同じ環境で多くのモデルを聴くことももちろん参考にはなるが、「その環境以外では再現されないかもしれない」ということを常に意識しておいた方が良い。モデルごとの差異もその環境での差異を含んだものであり、環境が変われば逆の印象をもたらすこともある。

 多くのモデルを聴くこともさることながら、一つのモデルをさまざまな状態で聴くこともまた目的に沿って正しくユニットを見極めるのに必要だ。

こちらも4年前のイベント。2つのシリーズの全口径を同一形式のエンクロージャーで比較試聴。これはこれで参考になる部分も多かった。

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