20cm 2発! バーチカルツインのバックロードホーン

20cm × 2発!恐怖の迫力

20cm フルレンジ2発のバックロードホーンといえば長岡式の D-7 シリーズや D-77 などがよく知られている。以前 D-7 シリーズのユーザーからの依頼によって新しい FE(当時限定発売された FE208-Sol)に合わせた2発入りを設計した。
2発入りの迫力はそれこそ圧倒的で細かいことは気にならない程の魅力に溢れていた。迫力、ダイナミックといった形容を超え、時に恐怖すら感じるようなサウンドを味わせてくれた。

一方でオーディオ的な観点からは気になる点がなかった訳ではない。Lch と Rch の中心でじっと聴き入っている分にはさほど問題はないものの、少し頭が動くと目の前のイメージがグニャっとなってしまうのである。かつて BK1082-Sol という FE108-Sol × 2本のバックロードホーンがフォステクスから発売されたことがある。本機は正方形のバッフル板を90°回転させることでユニットを縦配置にしたり横配置にしたり変更することができた。このモデルを試聴した時、横配置の時に感じた違和感が縦配置にすると全くなくなることを経験しており、10cm ユニットでそうなのだからユニットの中心間の距離がもっと離れている20cm ユニットならば、横配置を縦配置にすることの効果はより大きいだろうと仮説を立てた。そこで設計したのが縦に 20cm フルレンジ2個を配置したバックロードホーンだ。

縦配置の20cm 2発 / サイズとねらい

今回のプロジェクトは元々横並びスタイルのバックロードを検討されていたお客様に、上記のような観点から縦並びとすることを提案したことからスタート。サイズはお客様からのリクエストに合わせる形で決定した。ホーンの折り返しを縦方向に上下するようにすれば横幅と高さの自由度は比較的高い。横幅は500mm、高さは1100mmと決めて設計したところ奥行も 700mm と全ての寸法がお客様が指定された上限にピッタリ収まるキリの良い数字となった。

以前設計した2発はご要望もあってできるだけ軽くする必要があった。引き締まった低音よりもロックを大迫力で鳴らすようにすることを目指した。そのためには板を厚くしさえすれば良い訳でもない。結果、大迫力で鳴りまくるバックロードホーンが完成したわけである。*

*FE208-Sol を横に2個並べたスタイルのバックロードホーン。当初 FE206En を採用する予定だったため現行FE206NVに対応したモデルも設計済です。安価に2発!気になる方はご照会ください。

今回のオーナーは現有機が長岡式 D-58 である。基本的に D-58 のテイストを残しつつ、2発ならではの迫力を上乗せするコンセプトである。さらには定位や音場感の良さといったオーディオ的な観点からも性能は維持しておきたい。結果、側面は21mm厚2枚重ね、ホーンマウスには石を敷き詰めて重心を下げるといった長岡式の往年の手法を取り入れたスタイルで仕上げることになった。
音道は246cm とサイズのわりには長くはない。最低域の伸びよりも音楽の低音をある程度しっかりとした量感で鳴らしきることを優先した。

納品

2020年8月に納品。FE208-Sol は片側2発ずつ、合計4つを取り付ける。空気室は吸音材で調整。開口部はひとまずそのままの状態だ。(石を入れるスペースを作ってある)
早速の音出し。FE208-Sol は比較的最初からよく鳴るユニットだ。今回は片側2個のうちの1個はすでに D-58 で鳴らしていた個体だったのだが、今回に限らず、このユニットを初めて鳴らした時に「エージング不足だな」と感じた記憶がない。御多分に洩れず今回もそうだった。
前回聴いた2発はとにかく凄かった。ロックの激しさ。バックロードのスピード。とにかく激しく、躍動感のある音だった。そういうふうに作ったのだからもちろんそうなのだが、そういう狙いではない今回はどうなのかという不安はつきまとう。
一聴して狙いは外れていないとわかる。激しさと躍動感の以前のモデルとは一味も二味も違う音がそこにはあった。側板を強化したこと。前回は着色+クリアとした仕上げを、今回はベタ塗りの塗装としている。塗膜がそれなりに分厚いわけだ。側板の厚みはもちろん、こうした仕上げもこの音には影響しているだろう。もちろんホーンの設計値も。
当日は「やっと音出しに到達」というところまでで終了。しっかりとした試聴はまたの機会ということになった。

設置した状態。バッフルも21mm厚×2 だが、内側の板は歯車型に抜いてある。

ラックの納品

納品後しばらく経ち、お客様からその後の経過をお知らせいただいた。少しずつ音も変化し、納品時に調整した吸音材も全てとってしまったとのこと。スピーカーの配色もお気に入り頂けたようで、新たに同じデザインのオーディオラックをご注文頂いた。
そしてラックの納品の日、3ヶ月半が経過してエージングも進んだバーチカルツインのバックロードホーンを聴かせていただくことになった。

スピーカーと同じカラーリングとしたオリジナルラック。下段にはサブウーハーが入る。

納品後しばらく経った音

以前 FE208ES-R 用に制作したバックロードホーンを納品後しばらくしてからお客様のお宅で聴かせて頂いたことがある。そのモデルは私が設計し、ユニットを取り付けて内部の調整を施した上で、お客様にお送りしている。出来立て直後の音をお客様のお宅では聴いていなかったわけだ。数ヶ月後に訪問したその時、初めてお客様のご自宅で聴かせて頂いた音は私が調整していた頃の音とはかなり違っていた。お客様のお宅で、お客様のアンプを使い、お客様のセッティングで聴いている。それはもはや私の音ではなく、お客様の音なのだ。
今回感じたのもそうだ。このスピーカーを納品した時に少しだけ聴いた音はもはやそこにはない。3ヶ月半にわたるお客様ご自身の調整やセッティングにより、今回のスピーカーもすでに私の音ではなく、お客様の音になっていた。
自分が設計したものをお客様が使いこなし、新たな音を作り上げている。自分が作ったものなのに自分の音がしないというのはとても奇妙な感覚だ。
お客様のチューニングによって作り上げられた世界を見て(自分の手柄でもないのに)自分の能力が高まったかのような錯覚に陥ってしまう。
この音はスピーカーだけの力では出てこない。お客様お気に入りの上流機器、McIntosh で揃えられたプレーヤー、プリアンプ、パワーアンプによるところも大きい。
ゴリゴリのバックロードにマッキン!。黒とオレンジのスピーカーに黒とブルーアイズのマッキンだ。このコンビで奏でられるサウンドはもはや唯一無二。バックロードなのに(笑)優しさを感じるその音は時に繊細だがガツンと来るべきところではガツン!とバックロードならではの瞬発力を見せてくれる。

黒く塗装された開口部には黒光りする石が敷き詰められていて美しい。

バーチカルはいい!

今回、1発のバックロードでは実現できないことを2発にすることによって実現するということは当然一つの目標としていた。かつ、2発での弱点はできる限り少なくしなければならない。1発の時に感じられるようなピタッとくるような定位感。これについても一応は成功したと言える。1発、かつ立方体ヘッドのときのような感じはさすがに難しいが、通常のスクエア形状の1発のバックロードと比べても遜色ないところまでは到達できていると思う。
結果として、2発ならではの低域までの十分な音圧とスピード感、1発にも引けを取らない音場再現と定位感を備えた上質なモデルとなった。
そこにプラスする形でマッキンの滑らかで艶のある音が送り込まれ、独特の世界観が出来上がっている。「バックロードの音だね」という感じは良い意味でほとんど感じられない。それでいながらバックロードでないと得られない部分と、普通はバックロードでは「得られなそう」な感じが共存しているのだ。
良い音を聴くとついつい次から次へと色々な音源を再生したくなる。その感覚がここでも生まれた。

このところ 20cm バックロードの傑作を立て続けに聴いている。炭山氏のハシビロコウ、床下コンクリートホーンの巨大バックロード、そしてこのバーチカルツインバックロード。そして前回設計完了とポストした立方体ヘッドのシステムも制作が決まった。この勢いで次も傑作!といきたいところだ。