床下のコンクリートホーン
床下ホーンというと低域専用のホーンが一般的である。「一般的」というほどどこにでもあるものではないのだろうが、今回はバックロードホーンでの話だ。この床下バックロードホーンは、建物のリフォームに伴い、バックロードホーンを導入したいというご希望をきっかけに設計したものだ。当初は床の上に普通にスピーカーシステムを設置することも検討されていたのだが、床の基礎部分のコンクリートや、床下の空間があることなどから、この部分をホーンにできないか? というご相談に発展した。
そこで、バックロードホーンのホーンの大部分を床下に。床からニョキッとユニットとスロート部分だけが飛び出したような構成のバックロードホーンが構想された。床下部はコンクリートだ。そしてバックロードホーンだけでは床下のスペース全てを使い切らないため、余ったスペースはサブウーハーのエンクロージャーの空間としても使用することになった。
ハイファイの追求もさることながら、そのものの「凄み」も追求。どうせやるのならば物凄いモノを作ろうということだ。ホーン長はおよそ 4.5m。バックロードホーンとしては長大なホーンである。ホーンマウスは床にガバッと穴が開くスタイルとなる。
使用するユニットの口径は 20cm。一般に入手できるバックロードホーン用ユニットとして 20cm は最大と言える。選択したのは Fostex FE208NS 。オーナーの方は限定品のスーパー系に特にこだわりがあるわけではない。私にとってはバランスが取れ、かつ入手も容易なレギュラーの NS で、この特異ともいえる大きなホーンをどれだけ鳴らせるのかという挑戦ともなった。
屋根の補修から床下バックロードホーンに
当初は台風で損傷した屋根の補修からスタートしたこのリフォーム。やっぱりここも、あそこも…とやることが増えていく中でこの床下バックロードホーンの工事も追加されることになった。
築45年の家のリフォームということで次から次へと修繕上の問題が出てくる上にコロナ禍もあり、当初初夏の見込みだった工期は秋にまで及んだ。春には床上に突き出る空気室とスロート部分の木部は完成しており、納品した秋頃には既に5ヶ月経過。十分なエージングが完了していた。
そしてついにリフォームもほぼ完成。見違えるほど綺麗になった部屋を数ヶ月ぶりに訪問。家屋の基礎となるコンクリートが露わになったところに作られたコンクリート部のホーンの点検に来て以来だ。
工事中のホーン部
床下に敷設された配管へのスピーカーケーブルの通線を済ませ、いよいよコンクリートホーン部に木部のヘッド&スロートを接続する。ミリメートルオーダーで作られた木工部とそこまで細かい寸法までは望めない建築部の調整をカットアンドトライで行う。
ホーン開口部は床に穴が開く。通常の住宅であれば床の穴など欠陥以外の何物でもないし、何より危険だ。今回、床にはフタが設けられた。人が乗っても問題ない強化プラスチックの格子と、その上に乗せる床材と同じ状態に仕上げられたフタである。上蓋を閉めれば床に穴があることはほとんどわからなくなる。格子の部分も簡単に着脱できるので、一人でじっくり聴く時には外せば良い。格子はそのまま聴いても大きな問題がないほど重量感もある。
ユニットとホーン開口の位置関係
環境のハンデキャップを一蹴する圧倒的パフォーマンス
待ちに待った音出し。果たして 4.5m ものホーンはどのように鳴るのか。オーナーのIさんが一曲目を鳴らす。いきなりサウンドチェック用の低音が豊かに入ったソースだ。
部屋には物凄い低音が鳴り響く。量感、スピード感、ともに凄まじい。部屋には既に若干の家具が置かれてはいるものの、設置する予定のカーテンなどはまだない。ライブな環境であり、部屋独特の響きはある。試聴にベストとは言えない環境だ。それでも高く吹き抜けている天井には勾配もあり、天然木の床材の響きは美しい。ライブではあるが響きにはクセがない。
スピーカーから奏でられる音はそんな不利とも言える環境を一蹴。補って余りあるほどの壮絶なパフォーマンスだ。低域から高域にかけてのスピード感が揃い、凄まじい勢いで飛び出してくる。先日聴いたハシビロコウも凄まじかったが、低域方向のレンジの広さと、部屋そのもののエアボリュームもあってかスケール感は圧倒的。この音がレギュラー商品の FE208NS から出ているというのも凄い。
近年モデルチェンジした Fostex FE-NS シリーズはスペックからすると従来のバックロードファンからは誤解を受けやすいユニットだ。「Qts(Qo) の値が高い = 駆動力が低い」となってしまう。その値だけを比較すると、限定品のFE208-Sol は 0.15、FE208EΣ は 0.18、そして FE208NS は 0.22 だ。かつての限定モデル(FE208ES)には 0.1 というものまであった。ただしそこだけで判断してはいけない。FE208NS の大型バックロードホーンの音を聴けばバランスの取れた中高域と低域、そして大きなホーンをも駆動するパワー。そしてそのスピード感、どれをとっても歴代の名ユニットに引けを取らない。それどころか、新設計ならではの表現力と繊細さにおいてはそれらを凌駕するところもあると感じる。(個人的には FE206NV にも同様の凄みを感じている)
床から「生える」スピーカー。シュールなアートのようだ。
意外にもクセが少なかったコンクリートのホーン
コンクリートのホーンはエンクロージャー材料としての損失は殆ど無いと言える。内部の反響も凄そうだ。しかし実際に聴いてみると、感じられるのは部屋の残響がほとんどで、スピーカー由来の余分な響きはほとんど感じられない。
経験がなかったため、1m幅の吸音材をロールごと10mも持ち込んでいたが出番はなかった。オーナーのIさんにも初出しの状態で非常に満足して頂けたので、結局は空気室背面に軽く吸音材を入れただけでその他は何もしないで様子を見ることになった。
4.5m もホーンがあれば当然そこから出てくる音は時間的には遅れている。しかし聴いてみて感じるのは低音の遅れではなくスピード感だ。立ち上がりは鋭く、そしてしっかりとおさまる。
その後様々な曲を試聴。ボーカルにもクセがなく、ベースがしっかりとしているからかリアリティがある。映画音楽などは最高だ。アクション系映画のテーマ曲のど迫力は一曲聴き始めると、次はコレ、次はコレとストリーミング音源の圧倒的なライブラリを活かして次々に再生したくなる。
ツィーターは Fostex T925A を組み合わせた
いずれまたじっくり聴いてみたい
午前中から開始した様々な作業も大詰め。日も傾いてきた。この日初めて稼働した床暖房が足の裏にほのかに暖かい。
実はこの部屋は高台にあり、窓の向こうには海が広がっている。その海に今まさに日が沈もうとしており、窓からはオレンジ色の光が差し込んでいる。海の向こうには富士山も見える。こんな環境でゆっくりと音楽を聴く。これはもう至福としか言いようのない素晴らしい体験だ。
初めて音を出してこのレベルだ。部屋の壁や床が落ち着き、色々な家具や調度品が入れば、響きも落ち着いてくるだろう。そうなったらこのスピーカーはどうなってしまうのか。期待が膨らんで破裂しそうだ。Iさんにはまたいずれ訪問させて頂くことを約束してこの日の作業を終えた。
今回のプロジェクトはIさんの常識にとらわれない「こうしてみたい!」という熱意と、現場責任者であるHさんの「現場のプロ」ならではの様々な助言や対応力がなければ実現しなかったものだ。
そもそも 4.5m もあるホーン(バックロードホーン)なんて自分から提案することなんてまずない。どちらかと言えば、やろうとする人に「やめておいた方が…」と言ってしまいそうなくらいだ。それを実現し、実際に音を聴いてみると、「やって良かった!」となるのだから私もいい加減だ。もちろんご要望の範囲で最大限良い結果が得られるように努力はした。それでもここまでの結果が得られるとは正直想像もしていなかった。
このような経験、構想から設計、そして完成後の試聴をすることが出来たことにオーナーのIさんには心から感謝したい。そしてそれを実現して頂いた現場責任者のHさんをはじめとする職人の方々にも同様に感謝したい。
窓からは海が。海の向こうには富士山も見える。
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