スピーカーユニットをエンクロージャーにねじ止めする方法には大きく分けて2つの方法がある。一つは木ねじを直接バッフルに締め込む方法。もう一つはバッフルにナットを埋め込んで、ボルトで締め込む方法だ。
木ねじは最もオーソドックスだが、何度も着脱を繰り返すと木材側が広がってしまい、締結が緩くなってしまうというデメリットがある。一方、ナットを埋め込む方法は耐久性は増すが、ネジは木ねじよりも長くなる。ドライバーの振動に近いところに金属のパーツが増えることによって再生音にはわずかに金属音が付加される。(真鍮リングなどはその最たるものだが、これらは必ずしもデメリットとは言えない)
ナットにもさまざまな種類があるが、スピーカーによく使われるのは「鬼目ナット」と「爪付きナット」だろう。エクスペリエンスでは通常は鬼目ナットを使用しているが、お客様からお預かりした図面に爪付きナットを指定するものがあったため、両者に違いはあるのかが気になり、今回可能な範囲で簡単に比較することにしてみた。
鬼目ナットBタイプ(左)と爪付きナット(右)
締め込む力に違いはあるか?
試聴まで行うにはそれなりの準備が必要なため、今回は「締め込む力にどこまで耐えられるか」の違いに着目してみることにした。鬼目ナットはそれ自体にいくつかの種類があるが、今回は「Bタイプ」(=フランジがあり、裏側からまっすぐ打ち込むタイプ)を使っている。
なお「鬼目ナット」はムラコシ精工の登録商標だ。一般名称化してしまっているが、正式にはムラコシ精工のものだけを指す。ここでいう「Bタイプ」もムラコシ精工の商品分類による。(よく見ると「B」の文字の刻印がある)正規品以外のものが流通しているかは不明だが、正規品を使うときはムラコシ精工のウェブサイトで下穴径やサイズを確認するのが確実だ。
トルクを管理しながら締め込んでみる
上の写真はタイプBの鬼目ナット(左)と爪付きナット(右)を締め込んだ状態の内側を比較したものだ。ボルト/ナットサイズはM4、ボルトの素材はSCM435(クロムモリブデン鋼)の黒色酸化被膜仕上げ、板はラワン合板の15mm厚。これを1.0N・mの力で締めた状態である。鬼目ナットの方は早くも食い込み始めているが、爪付きナットはまだ大丈夫なようだ。この板材、厚み、ボルト径の場合はこれ以上は締めない方が良い感じで、締め付ける手の感覚でも危なそうなのがわかる。なお、作業はラチェット機構付きのトルクレンチで行っており、ドライバーでこの強さまで締める場合はさらに強く締めている感覚が手に残るだろう。
2.0N・mまで増し締めすると上の写真のようになった。鬼目ナットはさらにフランジが沈み、板の表面よりも低く食い込んでいる。端材の幅が狭いため、爪付きナットの方は表面の層が剥がれ始めた。スピーカーユニットは基本的には円のフチにナットを取り付けることになるため、この現象は見過ごせない。
さらに2.5N・mまで締め付けたところ。2.0N・mの場合と傾向に変化はない。鬼目はさらに垂直に沈んでいる。爪付きもさらに表層の破壊が進んだ。バッフル面が縦方向の木目の場合、12時方向と6時方向のナットのフチは剥がれやすいかもしれない。通常M4サイズでここまで強く締めることはないと思われるが、知らぬ間にバッフルの内側でこのような剥離が発生することがあるかもしれないので注意したい。ここまでになってしまうと音への影響もありそうだ。
今回の実験はラワン合板で行っているが、MDFではこのようなことは起こらない。硬めの合板でもここまで剥がれることはないと思われるが一応は注意したい。また、今回の実験で使用したボルトの素材はSCM435である。アルミやステンレスのボルトはこんなに強く締めるとボルト側の限界が先に来てしまう。
締め付けすぎには要注意
鬼目ナットと爪付きナットには以上のような違いがある。締め付ける力についてはどちらも問題はなく、十分強く締め付けられる。合板の場合は剥離に注意が必要だ。これについてはどの程度まで耐えられるのか、他の板材やボルト(ナット)サイズによる追加検証も必要だろう。
また今回実験したSCM435のM4サイズのボルトの場合、1.5N・mくらいまでが標準的な締め付けトルクである。今回はそれ以上強く締め付けた実験なので、破壊に関しては殊更にデメリットと言えるものではない。あくまでも参考あるいは注意喚起として受け止めてほしい。
なお、ダイキャストフレームの場合はボルトや板の限界まで締め付けてもフレーム側については全く問題ない。プレスプレーム、とくにボルト(ワッシャー)が触れる部分と、バッフルの表面に空間が生まれるタイプの形状のユニット(フォステクスのFE-NVやFF-WKシリーズの8cmと10cm)については、ボルトや板材の限界よりも先にフレーム側の限界が来てしまう。これらのタイプのフレームの場合は1.0N・mでも強過ぎで、私の経験上0.7N・mくらいが限界のように感じる。(数値は板の硬さによってこれはシナ合板の場合)あまり力を入れすぎないよう注意が必要だ。
ナットを使うときの注意点
外観や形状から、締め付ける力は爪付きナットの方が強いように思えるかもしれないが、どちらも標準的な締め付けトルクまでは耐えられるので締め付ける力の違いは無視して良さそうだ。
爪付きナットの場合はボルト穴とバッフル開口の間隔が狭いような場合は爪が食い込む位置に気をつけなければならない。場合によっては爪がバッフル開口の内側にはみ出してしまう。(まれに鬼目ナットのフランジでもはみ出るくらいギリギリの場合もある)また、2枚重ねのバッフルの1枚目(ユニットを取り付ける外側の板)の内側の面にナットを打ち込み、2枚目(エンクロージャー内部側)に1枚目よりも広い穴をあけて重ねるのような場合、2枚目の開口サイズはナットのフランジを避けられるように工夫しなければならない。このフランジを避ける方法は単純に一回り大きな円にする方法と、フランジがある部分だけ歯車の形のように広げる方法がある。より凝ったエンクロージャーでは見られるやり方だ。逆に、2枚目にナットを埋め込む場合にはナットの部分だけを残して、他の箇所に切り込みを入れることもある。個人的にはボルトはあまり長くしたくないので、前者の方法を取ることが多い。
歯車型にカットする場合の形状
音の違いはわずか
締め付けた後のボルトの触感や打感から判断する限り、爪付きナットの方がほんの少し明るめの音(金属の余韻が乗る)になりそうだ。しかしこればかりはやってみないとわからない。ボルトとナットの相性やサイズ(今回はM4で実験)によっても違ってきそうだ。
ちなみにスピーカーが動作するときはこれらの素材を叩くわけではないので、打感はあまりあてにしない方が良い。これはエンクロージャーも同じで、第2関節でコツコツと叩く方法は板材の相対的な違いを見極めるのには有効だが、それが再生音に与える影響との相関はあまりないかもしれない。
詳しくはボルトの比較の時に分かったことだが、金属音は適度に残っていることが必要で、大切なのはその鳴り方だと考えている。この金属音は完全に無くしてしまってもダメなもので、完全にダンプしてしまうと音が死んでしまう。例えば金属音を排除しようと樹脂のボルトやワッシャーを使うとかなり精彩を欠いた音になる。ユニット開発時は普通に金属のボルトが使われた上で試聴が行われているということを忘れてはいけない。なお、エクスペリエンス・スピーカー・ファクトリーでは特に指定がない場合は今回実験で用いた[鬼目ナット®︎ Bタイプ]に六角穴付きボタンボルト(SCM435/黒色酸化被膜)を組み合わせて使用している。ほんの少し音をコントロールしたい時だけ素材や長さ等でコントロールするが、これは最終的なリスニングシーンで検証する必要があるため、納入前にやることはまずない。
強く締める方がよいのか
ネジやボルトは可能な範囲で強く締結するのが良さそうだ。最近の実験では概ねそのような結論に達している。ボルトの素材や大きさごとに、トルク値の限界値が定められているので、その限界とフレームが変形しない限界値のいずれか低い方の値にしておくのが良いと思われる。(もちろんバッフルの限界もあるが通常は大丈夫だろう)もちろん求める音によってはそこそこの方が良い場合もあるだろう。
特に大型バックロードホーンの場合、木ネジやボルトの締め具合は音質への影響が大きいので要注意だ。自身の経験でもお客様のサポートでも実際にあったことだが、吸音材による中低音の調整を散々やって改善しなかったものが「ネジをしっかり締める」だけで症状が改善したことが複数回ある。この点は一度注目してみても良いかもしれない。
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