小型バックロードホーンをつくる
8cmフルレンジを使用したバックロードホーンの設計依頼を受け設計のみを行った。制作はお客様による自作。このようなケースもたまにあるわけだが、中には完成したエンクロージャーを私自身が聴くことができないこともある。そんな時にお客様から「良い音です」という知らせを受けたときの安心感と言ったらない。
多くの場合は制作も我が社側で行い、自分でユニットを取り付け、必要な調整を施した上でお届けする。あるいはエンクロージャーだけを持ち込み、お客様と一緒にユニットを取り付けて、そこで初めて音を鳴らすこともある。いずれにしても完成品をお客様と一緒に聴くことが多い。自分である程度聴いた上での納品であれば良いのだが、初めて音を出すときにお客様も一緒というのはそれなりに緊張する場面でもある。とんでもない音が出たらどうしよう… という不安感。それまでに制作したことがあるモデルやそのマイナーチェンジのモデルであれば大きな不安があることはない。しかし今回のリクエストは「小型のバックロードホーン」ということでサイズまでご指定を頂くなど初めて扱う類のエンクロージャーであり、なかなかの緊張を強いられた。
サイズについて下限を指定されることはまずない。またあったとしても単純にデッドスペースを多く設ければ解決してしまう。サイズについては多くの場合、小型のものが指定されることになる。今回はバックロードで、さらに縦横奥行の寸法指定まであるというなかなかの困難さだ。
今回「なんとかいけるだろう」という判断の根拠となったのは P1000-BH の存在だ。ホーンと言えるのか言えないのか、ホーン長は100cmにも満たないながらもなかなかのパフォーマンスを見せる。 P1000-BH であそこまでいけるのだから「なんとかなるだろう」と。
そこで設計したエンクロージャーはホーン長約90cm、空気室約1.2ℓ の FE83NV 用バックロード。一応は FE83NV を前提に設計するが、FF85WK でもそれなりに使えるように考えてみた。お客様には両方を実際に聴いて選択して頂くことにする。システム全体のエネルギーバランスや指定されたエンクロージャーのサイズを考えると、さらに小さなユニットを選択するのが良いこともあろう。今回 FE83NV と FF85WK に絞って考えたのはバランスよりも一点突破の中域以上の質を重視したためだ。バランスだけよくて特筆すべき魅力の少ないスピーカーとなるよりは、多少アンバランスでも魅力のあるものにした方が良い。このあたりは各々が都度目的に応じて判断すべきポイントだ。
【主な設計値】
空気室内容積 | 約1.2ℓ |
実効スロート断面積 | 約21.1㎠ |
ホーンマウス断面積(実寸) | 102㎠ |
ホーン長 | 約90cm |
ホーン広がり係数 | 1.827(fc 50Hz / 長岡式拡がり率1.20) |
【ホーンカーブのグラフ】
fc50Hz の理論カーブと小型バックロードホーンの比較。ユーザーさんの作りやすさとご希望により直管とした。
横軸をホーンの入口からの距離(cm)、縦軸をホーン断面積(㎠)としている。
必ずしもカーブが滑らかな方が良い結果が得られるわけでもないのが難しいところ。
FE83NV と FF85WK による試聴
図面に基づいて制作して頂いたエンクロージャーをお持ち込み頂いて試聴する。まずは FE83NV で聴いてみる。ユニットの個性は殺されてはいない。初めは若干ホーンの鳴きが感じられたが数曲聴いているうちに徐々に鳴きが減少していくのがわかる。耳が慣れたとかそういうことではなく明らかに。最初の曲に戻ってもう一度聴いてみると、数曲聴いただけのこの数分の間にユニットとエンクロージャーが急激に馴染んだことがわかる。FE83NV はひとまず使えそうだ。しかも吸音材はゼロの状態での試聴だ。
続いて一方のチャンネルだけ FF85WK に変更して FE83NV と比較して聴いてみる。中高域のヌケという点だけにフォーカスすればもともと FE シリーズの独壇場ではあるのだがそれにしても本来の FF85WK の良さが出てこない。実はこのような音になることはある程度予測できていた。この状態で FF85WK を聴くと、おそらくユニットそのものの評判が落ちることになる。そう予測していたので、実は今回の試聴はあらかじめバスレフにいれた良い状態の FF85WK (下の写真)を聴いてから臨んでいる。そのユニットに適切な形式で、適切な設計をした場合にはこのサイズのユニットでもこのクオリティが実現できるということを知った上で試聴に臨んで頂きたかったからだ。少なくとも FF85WK に関しては、あきらかにバスレフで聴いたほうが中高域は綺麗で伸びがあるし、低音の重量感もある。
チューニング
FF85WK は両チャンネルに搭載して試聴するまでもなく、ユニット自体は FE83NV を使用することに決まった。次は調整だ。調整のコツはまずは大胆に調整することだ。少しずつではなかなか変化量を捉えることが難しい。最初に大胆に手を加えて変化の方向性を確認した上で変化量を調整していくと上手くいきやすい。
まずは空気室やスロート部、マウス部などに多めに吸音材を設置してみたがそれほど大きな変化ではない。中高域の繊細さは若干失われ、どちらかといえば調整前の方が良かった感じだ。もともと調整前の状態が悪くなかったこともあるが、極端に手を加えた割に変化量はわずかしかなかった。結果的には元の状態に戻してからもう一度試聴して何も調整を施さない状態が良いということになった。特にバックロードホーンは制作後間もなくは変化が激しい。できたての時期にどんなに頑張って調整しても、良い状態が保たれる期間は短い。今後の変化に応じて手を加えるということを確認してひとまず現時点での調整は終了した。
さらに数曲続けて試聴して特徴を掴み、今後のお客様からのご相談への備えとした。
有益なモデルケースのひとつに
FE83NV のバックロード。これはお客様から「バックロードを作りたい、ただし小型で」というリクエストがなければ決して作ることはないサイズのものだ。今後も同様のニーズはあると思われ、今回自身で設計し、さらにその音を聴くことができたことは良い経験であった。今後 FE83NV(FF85WKでやることはないかな…)でバックロードホーン設計をすることがあれば今回のケースは非常に有益な前例となるだろう。
エクスペリエンス・スピーカー・ファクトリー | オーダーメイドスピーカーの設計・制作&販売/店舗やリビングの音響デザイン/放送局や研究期間向けスピーカー開発/メーカー向け開発援助