8cm フルレンジに T925A を組み合わせてみた

アンバランスから何が見えるか?その①

8cm フルレンジに Fostex T925A。ご存じの方からすれば、「そんな組み合わせはあり得ない」となるかもしれない。今回は敢えて、そんな組み合わせを試す。「アンバランスから何が見えるか?」という観点から、常識的には行わないようなアンバランスな組み合わせから、何か見えてくることはないかを探る。その初回としてフルレンジにアドオンツィーターをテーマとして選択した。小さなフルレンジに不釣り合いな大きめのホーンツィーターを組み合わせてみる。

「フルレンジにアドオンツィーター」

フルレンジにホーンツィーターを組み合わせる場合、普通はフルレンジをもともと所有していて、後からツィーターの追加を検討する。現状のフルレンジのどこか不満なのか、不満はなくとも、システム全体をグレードアップさせるとしたらどのような方向性の変化を与えたいのか。それによって選択する機種や、ネットワークの設定も変わってくる。しかし、そのような方向性を見出すことも、そのためになにをどう選択すればよいのかも難しい問題だ。

私の場合、フォステクスの多くのホーンツィーターが手元にあり、いろいろと聴き比べてみたことがあるし、気になることがあれば、持ち出して聴くことができるが、一般には難しいだろう。今回は少しでもそのような方の参考に、という意味合いもある。

FE83NV2 + T925A

FE83NV+T925A

FE83NV2 の仕様上の音圧レベルは 87.5dB、T925A は108dB で、スペック上は 20.5dBもの差がある。この数値だけ見ても普通はまず組み合わせることはないだろう。見た目からしてもいかにもホーンが大きい。コンセプトは全く違うが Zingali の Ominiray スピーカー を思い起こさせる。普通の 2way であればアッテネーターが必須(というかそもそもこんな音圧差のユニットは組み合わせない)であろうが、今回はアドオンツィーターの定番、コンデンサ(以下 C ) の値だけで音圧もコントロールする。

実際、C の値を変えるだけで、可聴帯域においてはほぼ音圧をコントロールしているようなカーブが描かれることになる。【図-1】は Fostex T96A-SA に直列に C を入れた状態の音圧特性(シミュレーション)で、C の値だけを変化させたものだが、クロスオーバー周波数が変わっていると言うよりは音圧が変わっているように見える。(クロスオーバー周波数はほとんどが 20kHz 超)

【図-1】

はじめは念の為 FE83NV にも L を入れて 6dB/oct クロスで繋いでみた。フィルターの計算は FE83NV 側が 0.48mH で 2.7kHz, -6dB/oct, T925A 側は 0.11μF で 180kHz, -6dB/oct 。フィルターのクロスオーバーの数値は「180kHz」となってしまい、この値からは実態はイメージしにくい。実際のクロスポイントはおおむね 5.2kHz くらいだ。

この状態だとかなりおとなしい。フォステクスのフルレンジではちょっと聞きづらくなってしまうような音源でも普通に聴ける点は長所と言えないことはない。ただ、スルーの状態でも綺麗に鳴っていたような曲では高域は明らかに精彩を欠く。 

20cm フルレンジなどの場合はポジティブな結果を得られることもあるフルレンジに L を入れる方法だが、小口径では概ね同じようなネガティブな結果になる。通常は 0.1〜0.15mH くらいの L にすることが多いが、今回はガッツリ下まで存在感のある T925A だったので少し大きめの L にした。(色気を出して、きれいにクロスさせようとしている)それがさらに良くなかったのだろう。通常の 2way の場合でもそうだが、音圧軸だけを揃えておけば OK というわけではない。そもそものユニットの音質がマッチしなければ音圧だけが揃っていても不自然なのだ。

0.1mH なども試してみれば良かったのかもしれないが、その辺は別の機会に譲るとして、今回は FE83NV2 は定石どおり、スルーとすることにする。L を取り払うと、どう聴いてもこの方が良い。「(試聴した後でも)Lを入れた方が良い」という感性の人はおそらくそもそも FE を選ばない。

T925A との組み合わせはどうなのか

どう考えても FE83NV2 との 20dB 以上の音圧差はアンバランスだ。価格も、見た目のバランス(見た目についてはこれがカッコイイと言えないこともない)も何から何までアンバランス。ところが、T925A を 0.11μF で繋いだ状態は「全くつながらない」わけでもない。T925A だったとしても、ツィーターはあった方が良いと思わせてくれる。FE83NV2 だけの時に、特定のソースで若干気になる「カンカン」した感じが気にならなくなるし、低域の明瞭度も増してくる。ただわざわざT925A を選択して購入するかとなると、そうはならない。たまたま手元に余剰があれば…くらいのものだろう。

「これはこれで良い」とは思ったのも束の間。この後 T90A を聴いてしまうと、T925A は無いな… とも思うのである。

FE83NV と T90A の組み合わせ

FE83NV + T90A

FE83NV2 と T90A の組み合わせはもう少し現実的になる。まだスペック上の音圧差は 18.5dBあり、音圧差だけ見れば T925A と大差ない。ただ T925A と T90A ではホーンのサイズが全くちがう。そもそも用途が全く違うのだ。 T90A はどんなスピーカーにも組み合わせやすいツィーターだ。今回 FE83NV2 と組み合わせても T925A よりもはるかに馴染んでいるように感じる。ここまでくるとわざわざ購入しても良いと思わせるものがある。

先に T925A を試したからこそ T90A の素晴らしさは際立つ。この時点でもう「完璧」と思ってしまう。実は小口径の FEシリーズのフルレンジには T96A という小口径フルレンジとの組み合わせを想定したモデルがあった。現在(2022年6月現在)は既に新品の入手はできず、入手できるのは限定モデル、T96A-SA だけだ。商品のコンセプトからすればこのモデルが最も合う「はず」なのだ。今回も本命はこの T96A-SA だと考えており、T90A がここまでのパフォーマンスを見せてしまうと、本命がこれを超えられるのかという一抹の不安が…。価格も T90A の方が安価だ。

T90A は T925A が FE83NV2 の質を向上させることはできたもののあまり合っていなかったということを明らかにしてくれた。その意味でも T925A というアンバランスな組み合わせを試した価値があるというものだ。T925A の時はフルレンジならではの中高域の弱点(8cm ではとりわけ「弱点」と言うほどのものでもないが)を隠すというイメージだったが、T90A では隠すだけではなく、良い点を付加しているように感じる。中域以上の明瞭度が上がり、よりクッキリ、ハッキリとした印象になる。低域の明瞭度も T925A の時よりも顕著に向上する。全体的にクッキリとした印象で、フォーカス感が上がる。そうした傾向を好む向きにはお勧めできるもので、お好みによってはこの後紹介する T96A-SA よりも満足度は高いだろう。

FE83NV と T96A-SA の組み合わせ

FE83NV + T96A-SA

T96A-SA ではFE83NV2 との音圧差はぐんと縮まって 8.5dB になる。まずは T925A, T90A の時と同じ 0.11μF の C 1個で聴いてみる。これだとフルレンジだけで聴いた場合との変化が少ない。細かい調整の段階を経てこうなるのならまだしも、比較試聴でこれではなかなか特徴のつかみどころがない。早々にシミュレーションからして良い結果が得られそうな 0.22μF に変更する。

0.22μF では変化がわかりやすい。T90A と「良さ」のレベルは同じくらいに思えるがその方向性は違う。T90A がバンッ!と前に、わりとカッチリ、クッキリ目にに飛び出してくるのに対して、 T96A-SA では質感がもう少しソフトだ。この違いは、ちょうど FE83En と FE83NV/NV2 の違いに近いかもしれない。

T90A は FE83NV2 の個性の方向性を少し変えるようなイメージであるのに対し、T96A-SA は個性をその方向性のままに伸ばすイメージだろうか。これは FE108SS-HP との組み合わせでも同じことが言えそうだ。FE108SS-HP に FE108-Sol のような個性を取り入れたければ T96A-SA よりも T90A なのかもしれない。FE108SS-HP の個性や特徴をそのままの方向性で伸ばすのであれば T96A-SA だ。(もちろん調整次第では異なった傾向を得ることもできる)

Fostex のフルレンジ、とりわけ FE シリーズと言えば、とにかく前に飛び出してくる、突き抜けるような中高音が特徴だ。だが、NSシリーズやNV/NV2, SS-HP といった新世代のユニットはその良さを持ちつつも、高域の滑らかさや空間表現という方向の特徴も持ち合わせるようになった。

このような表現をすると、昔からのファンは持ち味が後退したような印象を持つかもしれない。しかし、これらの新世代のユニットを使って、FE でこそ聴くべきであるような類の「壮絶な音源」を聴いた時、私はこれまでとは違った世界の音を聴くことができたと感じた。その音源特有の迫力や凄まじい音の立ち上がりだけではなく、飛び出してくる音にまとわりつく響き、その響きの余韻、飛び出してくる音の背景にある空気感、そういったものまで余すところなく再現されるのだ。確かに「どれだけ勢いよく飛び出してくるか」という点だけに着目すれば、後退していると言えるのかもしれない。ただ、それ以外の音が聴こえてくることを考えると、その程度の後退は受け入れても余りあると感じる人もいるだろう。

また、かつての飛び出してくるユニットは、実は多くの人が飛び出しすぎないように調整して使っていることも多いのではないか。そういう意味では NS, NV/NV2, SS-HP はそのような調整をしなくても良いわけで、多くのユーザーが求めていた方向性にむしろ近いのではないかとすら思う。

他の記事でも繰り返し述べているが、このようなことがあるので、従来のユニット向けに調整してある状態のエンクロージャーに、NS, NV/NV2, SS-HP を換装する場合には注意が必要だ。場合によっては音が引っ込みすぎてしまう。そのまま交換せずに、調整状態は一度リセットして欲しい。

今回は FE83NV2 で聴いているが、普通のJ-POP 、例えば米津玄師を普通に聴けるので “シン・ウルトラマン” のテーマ曲『M八七』を今回の試聴曲に入れた。普通のスピーカーを使っている人からすればそんなことは当たり前だと思われるかもしれないが、かつての FE(例えば FE-En)でこの手の曲をしっかりと再生するのは実は結構難しい。こうした曲に特化して調整すれば聴くことは可能だが、そうすると他の曲がダメになりがちなのだ。

話を戻してこの T96A-SA。「前へ、前へ」よりも空間表現を重視するのであれば、今の所選択肢はこのモデルしかない。強いて言えば T500A MkIII なのだが、価格帯が全く異なるし、20cm フルレンジならともかく小口径フルレンジに T500A MkIII を合わせるというのは考えにくい。そういう意味では T96A-SA は小口径フルレンジと合わせるホーンスーパーツィーターのフラッグシップと言え、使い方によっては近年の新しい FEシリーズ(NS, NV/NV2, SS-HP)のクオリティの、さらにその先を見せてくれるだろう。

これまで聴いていた壮絶ハイスピード高音質音源を T96A-SA と新世代 FE の組み合わせで聴いてみてほしい。このときは、スピード感や「どれだけ飛んでくるか」に注目(注耳?)するのではなく、全体の音場の表現、飛んでくる音にまとわりつく響き(決してフォーカスが甘くなっているということではない)を聴いてみてほしい。もちろん「やっぱり前の方がいい」となる人もいるとは思うが、こちらの世界にハマってしまう人も多くいるに違いない。


8cm フルレンジに T925A というアンバランスで通常は考えられないような組み合わせを試したことで、適切と思われる組み合わせによって、どのような状態を実現できるのか、またそれぞのモデルを加えることによって実現する状態にはどのような違いがあるのか、ということを際立たせることができたと思う。

常識とは違うことを敢えてやってみる。また別のテーマがあれば、試してみたい。

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