スピーカーの評価の難しさ:わずかな変化で音が違って聴こえる
スピーカーそのものの性能を定性的に評価することは難しいものです。ほんのわずかな変化でも再生音が違って聴こえることがあります。設置の角度やインシュレーターの違いなどはもちろん、ほんのわずかな設置位置のずれや室内に置いてある物、さらに言えば、自身の体調や心理状態、服装や髪型に至るまで、あらゆることが影響してしまいます。(これらは主観的な評価のことを言っています/客観的な評価やそれらの優劣等についてはここでは述べません)
あるスピーカーを調整して「これがベスト」と決定しても、周囲の環境(例えば室内にスピーカーがもう1セット増えたとか)が少し変化しただけでも調整した結果「ベスト」としたものがベストではなくなってしまいます。「こんな少しのことで?」と思うようなことでもその変化の度合いが激しいこともあるのです。
室内環境によってベストな吸音材の状態も変わる
以前 Tundra Swan(FE108NS 向け スーパースワンのデッドコピー)を調整したとき、納品直前のルームチューニンググッズが試聴のために室内に設置してありました。そのパネルの効果は非常に大きく、部屋の響きはかなり良い状態になっていました。
音響パネルが設置してあるときに調整した Tundra Swan は「吸音材ゼロ」がベストと結論づけていました。しかし、調整の時にあった音響パネルがなくなり、さらには開発中の他のスピーカーが室内に何台か持ち込まれた後は、「吸音材ゼロ」の状態ではかなり厳しい音になったのです。調整した時期から、少しは経年変化もあったことでしょう。
全く同じエンクロージャー、全く同じスピーカーユニット、同じ部屋、同じ再生機器、同じリスナー(私)。変化したのは部屋に置いてあるものと経年変化(といってもわずかだろう)だけだ。それだけでも大きく変化してしまいます。もう一度調整しなおすことで、前に調整した時と同等の状態に戻すことはできたのですが、この出来事によって多くのことを考えさせられました。
他人の評価と自身の環境:細かい調整は参考までに…
ある人が、ある場所で、ある機器を使って評価したり、エンクロージャーの調整を施したとしても、他の条件が変わってしまえば音の傾向も変わってしまいます。そう考えると、自分の使う環境と全く同じ、つまり実際に使う場所で試聴しない限り、(自分が購入しようとして評価する場合)正当な評価は下せない事になります。ベテランの方であれば、自分自身の環境を相対化することができるかもしれません。「ここでこんな風に鳴るなら我が家ではこんな感じで鳴るだろう」と判断することもできるのでしょう。ただ一般的にこれは難しいと思います。自分自身が直接経験したことの印象はとても強く、環境による違いは気にせずに「この商品(スピーカー)はこういう音だ」とその時の印象で判断してしまいがちです。
メディア上で、ある人が、特定のモデルを「このように使うのが良い」と言っていたとしても、ご自身の部屋でもそのやり方が良いとは限りません。それが自作スピーカーであればさらに違いを生む要素が多いです。板材も異なるでしょうし、製作した人や調整状態によっても色々な違いが出てきます。
他人がやっていることは、そっくりそのまま真似るのではなく、「参考にしてみる」くらいがちょうど良いのではないでしょうか。自分自身の好みの方向性をしっかりと認識した上で、また調整による変化の方向性を認識した上で、目標とする方向に向けてできるだけシンプルに調整していくことが大切です。いろいろなところに手を加えると、いろいろなものの効果が複雑に影響を及ぼすため、何がどのくらい影響してその状態になっているのかがわかりにくくなります。(もちろんすでに色々やった結果としてバランスが取れている状態であれば、わざわざシンプルに戻す必要はありません)
特定の場所で、特定の手法によって得られた調整状態は、その環境や各々のユーザーの好みにだけ通用する個別具体的なものだということを認識する必要があります。ただし、参考とするものが全く無い状態では何から始めたら良いのかもわかりません。最初は他の人の真似やアドバイスに従うところからスタートするのは良いと思います。
調整ノウハウは「結果」でなく、「プロセス」を参考に
エクスペリエンスのブログにおいても具体的なモデルについての調整結果を公開しています。しかし「こうするのがあらゆる場合に良いのだ」とは考えないで頂きたいと思います。私の環境下で良かったことが、ある環境では全くダメだということもあれば、その逆もあるでしょう。そもそも好みの方向性は違うわけですし、言語で表現している以上、言葉をどう捉えるかといった点でも相違が出てきてしまいます。
参考にすべきなのは「結果」ではなく、目標に至るまでの「プロセス」です。結果だけを模して調整した状態をもって「このモデル(あるいは手法)はダメだ」と結論を急がないでほしいと思います。どこかで誰かが高く評価したもの、あるいは自分自身がどこかで聴いて好印象であったものは、少なくともその状態を再現することができるポテンシャルはあるはずなのです。それぞれの環境において、その状態を必ず再現できるわけではありません、近づける方法はあるはずなのです。ただそれは、他人が高く評価した時、あるいは自分自身が好印象だった時と同じ使い方(調整状態)では必ずしもないということです。当ブログにおける結果は、あくまで変化の一例を知るための参考としてご活用頂ければと思います。
ここで思い出したのはかつて二子玉川の店舗で開催していたスピーカー調整のワークショップです。フォステクスからエンジニアをお招きして月一で開催していたイベントのテーマとして、何度か自作スピーカーの調整を取り上げました。ある時はユーザー自ら持ち込んで、ある時は店内の試聴機を使って、数時間にわたってプロによる調整のプロセスを公開。それぞれの場面ごとにお客様から質問が出たり、「こうしてはどうか?」などの提案も飛び交いました。エンジニアは調整前にその意図を説明し、調整後はその意図通り、あるいは意図に反して音が変わり、お客様から驚きの声が上がるのでした。
そのワークショップでは「この状態が良さそう」という一応の結論は出すものの、お客様によってベストの状態が違うということはその場でも明らかでした。「どちらが良いか」についてお客様に意見を聞いても、必ずしも一方の状態が評価されることばかりではありませんでした。(もちろん聴く位置も違ったりするので、判断するための正確な公平性は担保されていません)そのようなこともあり、そのワークショップでは、ユーザーそれぞれのご自宅の環境やそれぞれのお好みによってベストな状態が違うであろうことは常に示唆されていました。
この場で共有された重要なことは、そのモデルにおける「絶対的にベストな状態」ではなく、それぞれのユーザーがベストな状態に調整できるようにするための「プロセス」だったのです。吸音材を極端に変化させて変化の傾向(ベクトル)を掴むといった手法や、このワークショップで経験したノウハウは、今でも考え方のベースになっています。