「自作」スピーカーの中で、重要なプロセスとなるのがエンクロージャー(スピーカーボックス)の選択です。木材をカットして自ら組み立てる本格的なものから、既成のエンクロージャーにスピーカーユニットを組み込むだけのシンプルなものまで。さまざまな選択肢の中からエンクロージャーを選び、狙い通りのスピーカーを完成させるためにはどのようにすれば良いのでしょうか。今回は、自作スピーカーで失敗しないためのエンクロージャー選びにおける具体的な行動と情報収集のポイントを解説します。なお、本稿は「バスレフ型はこのようにするのが良い」とか「バックロードホーンはこうやって設計する」といった手法についてではなく、そうした情報、特に、ユーザーにとって有益な情報にアクセスするための方法について述べています。
そのような具体的手法についてここで触れないのは、私自身がオーダーメイドのスピーカーを主として取り扱っていることが関係しています。基本的に「個々に求めるゴールによってどうすべきかは変わる」と考えており、あらゆるニーズに対して有効なノウハウを説明をすることは私にとって難しいことだからです。「自分はどうすれば良いのか」という具体的な疑問については直接回答しますので、個別にお問い合わせいただきたいと思います。
パラメーターから自分で考える
スピーカーユニットのパラメーターからエンクロージャーを考えるのは、ある程度は知識がある方が対象になるでしょう。より専門的な記事を参照されることをお勧めします。注意しなければならないのは、パラメーターを元に考えるだけではあまり良い結果が得られないスピーカーユニットもあるということです。また、ユーザーごとの「狙い」によっては、パラーメーターから得られるアライメントの値から敢えて外すことで、狙った方向性の音が得られることもあります。知識は得たけれども実践経験がないユーザーは、場合によっては専門家に尋ねた方がよいかもしれません。もちろんエクスペリエンス・スピーカー・ファクトリーにご質問いただいてもOKです。

同一ユニットをバスレフ4種/密閉1種でシミュレーションした結果。中央で混在しているのは3種類のアライメントテーブルによる。80Hzで一番下を通過するのは密閉、一番上は某ソフトの機能により「最適」とされたもの。
ネットで検索
そもそも検索したからこそこちらのウェブサイトに到達していると思います。何を今更…なのですが、検索するにしても、どのようなワードで検索するかによって、得られる情報は違ってきます。自分でエンクロージャーを作るのか、完成品のエンクロージャーを購入するのかなど、求める情報に応じて適切なワードを選択してください。自分で考える場合は「自作スピーカー パラメーター」などのワードで検索すると解説するページがいくつかヒットします。完成品を探す場合は「[ユニット名] エンクロージャー」などと検索します。
中には設計プログラムなどのサイトもあり、数値を入れると予想特性などが表示されます。これも予想特性と自信の好みを把握していないと、その状態が良いのかどうかの判断が難しいかもしれません。また、吸音材の量が設定できたりしますが、「多め」とはどのくらいなのかの判断も難しいところだと思います。その部分の設定はエンクロージャーの強度やシーリングの具合なども関係してきます。全く何も考えないよりは遥かに有用な情報が得られますので、活用すると良いと思います。
それでもわからないこと、疑問に思うようなことがあった場合には個別にご相談ください。
自分でエンクロージャーを作る
自分でエンクロージャーを作る場合、最も参考になるのは使おうとしているスピーカーユニットの説明書などに掲載されている図面です。公式サイトの商品ページを辿っていくと見られることがありますので、まずはそれらを参考にするのが良いかもしれません。
これらの図面は、多くの場合、無難な設計がなされていますので、大きく失敗することはありません。ただし、その商品のコンセプトをよく理解していないと、想像していた音とは全く違う音が出てくることもありますから注意が必要です。
メーカーが提示する図面(エンクロージャー)の設計値は、パラメーターから算出される「最も平坦で素直な特性が得られる状態」であることもあります。これはこれで信頼できるエンクロージャーと言えますが、逆に面白味がないとも言えます。特にFOSTEXのフルレンジユニットは、パラメーターから導き出された設計値やメーカーが提示する設計値では、低音の量感に不足を感じることもあるでしょう。とりわけ小口径のユニットにその傾向があります。低域については「量よりも質」を追求すると、そのような傾向になりがちです。玄人受けする音ではあり、だからこそのロングセラーなわけですが、嗜好によってはちょっと違う傾向の音(低音の量感が不足している)と感じるかもしれません。もう一工夫することで、それぞれのユーザーの好みにもっと近付けられるポテンシャルがあります。ユーザーなりに更なる高みを目指したいような場合には「そのメーカーのお墨付きだから良いだろう」と安易に考えな方が良いこともあります。迷った時は個別にご相談ください。

Fostex FE83NV2の取説から サブロク合板から切り出す場合の図面まで掲載されている
既存の汎用エンクロージャーを購入する
「〇〇(ユニットの型番) エンクロージャー」と検索すると、それ用に販売されているエンクロージャーや組立キットが出てきます。それ用に売られているエンクロージャーであれば、大きな間違いはないと推測されるものの、最高を目指すのであればもう少しだけ考えることをお勧めしたいところです。
完成品あるいは組立キットのエンクロージャーにはどのような問題点があるのでしょうか。
対応するスピーカーユニットの型番が列挙されている場合、それらのユニットは「取り付けは可能なモデル」くらいに思っておくのが良いでしょう。特にサードパーティ製の場合、ある程度の汎用性を持たせた設計になっていると思われ、よく言えばオールラウンドの性能、悪く言えばどっちつかずの性能でることがあります。一企業が販売している製品であっても、それを購入しようとしている、まさに[あなた]よりも詳しい人が設計したものとは必ずしも言えません。ある程度の知識や経験がある人は、「これはどうなのかな?」と疑問に思うようなことがあるならば、自分自身を信じても良いと思います。
また、特定のユニットの型番の記載もなく、ユニット取付用の開口の寸法だけが記載してあるだけの安価な商品については「とりあえずスピーカーユニットの素性を聴いてみるための仮のボックス」くらいに認識するのが良いと思います。もちろんそれらの商品があなたのお好みに合致する可能性もあります。あくまでも「販売されているものだから良い音がするのだろう」と安易に考えるべきではないということです。

Fostex P1000-BH はもともと音楽之友社の付録 P1000用だった。類似ユニットP1000Kが最も近いスペックだが、FE103NV2なども「適合ユニット」として記載されている。確かに問題なく使用でき、音もなかなかのものだが、「FE103NV2の特徴が最も活かされるか」という意味では決してベストではない。
メーカーの専用エンクロージャー
そのユニット専用に販売されている、そのユニットのメーカーによるエンクロージャーは最も安心と言えます。だだこれも「最高」と言えるかについては一考の余地があるでしょう。メーカーは大きなエンクロージャーは売りたがらない傾向があり、もっと内容積を増やせば、さらに高い性能を発揮できるような場合でも「出来る限り安価な製品としてリリースしたい」、あるいはユーザーの「現実的な設置スペースを考慮」して、最低限問題なく性能を発揮できる中では最も小さい容量にしていると思われるケースがあるような気がします。
ただ自身で製作したり、オーダー品を製作してもらうコストを考えれば、コスト的には安価なものもありますから、目指すゴールによっては、最適解であるとも言えます。純正ならではの安心感も楽しむ上では大切な要素と言えるでしょう。

Fostex PT20K と PW80K 専用のエンクロージャー、P802-E(在庫限り)。特定のユニット専用だが、このサイズが「ベスト」なのかというとそうでもない。PW80Kはもう少し大きな箱であればより低音量を引き出すことが可能だ。
ウェブサイトによるレビュー
「〇〇(ユニットの型番) エンクロージャー」と検索すると、そのユニットのレビュー記事もヒットします。
さまざまなブログ記事やSNSなど、人気モデルであればあるほど、たくさんのレビューを目にすることになります。これらのレビューについては注意深く読む必要があります。まず、「どのような人が書いたか」によって、参考にしてよいものなのかどうかは大きく変わります。過去に参考にしたことがあり、信頼できるレビュワーだと分かっているのであれば問題はありません。一般ユーザーでも多作で経験も豊富、文章も面白く、信頼に足るレビュワーは存在します。しかし、プロの目からすると、参考にするには多くの注釈が必要と思われる記事もあります。もちろん書かれている感想に誤りがあるということではありません。ただ、その感想に汎用性があるものなのかどうか、よく考える必要があるでしょう。
YouTube動画
動画サイトで実際の音が鳴っている様子を視聴することもできます。YouTube動画は私もアップすることがあり、概ね参考になる音は出ているように思います。しかし、YouTubeだけを頼りにすることはせず、必ず他の情報も参考にするようにしてください。YouTube動画は最も得意な音源が選択されがちです。投稿者はポジティブな反応を得たいので、そのようなソースを選択します。また、良い音で録音するコツもあります。当然その音を出すポテンシャルがなければ、良い音での録音はできないのですが、私自身、その場で生で聴いている以上の感じで録れていることもあったりします。録音の仕方によっては本来の弱点をカバーするような撮り方も可能なのです。
また、動画の多くはエンクロージャーに入った状態での出音です。そこからユニットそのものの性能を判断したり、エンクロージャーの適否を判断するには相当なキャリアが必要です。あくまでも「そのような音になる可能性の一つ」として適度に参考にすると良いと思います。当然ながら動画の音はさらに別のシステムで再生したものであることも常に意識しておく必要があります。
中には設計手法などについて解説しているページもあります。大体は合っていますのである程度参考にはなるのですが、正しい知識を得るための情報源としては過度に信用されないのが良いと思います。
製作工程を見られる動画もあります。普通は持っていないような工具が駆使されていたりすると応用はできませんが、製作に役立つ小技が見られることもありますのでざっと見ておくと後々参考になるかもしれません。

エクスペリエンス・スピーカー・ファクトリーでYouTube撮影する時の様子(スマホはこの写真撮影のため写っていない)
ショッピングサイトのレビュー
ショッピングサイトのスピーカーユニットやエンクロージャーの商品ページに、星の数と一緒に書かれているようなレビュー。これらについては「全く参考にならない」とは言わないものの、残念ながら「見当違いの内容が多い」というのが率直な感想です。いちユーザーの感想は尊重すべきなのですが、感想の範疇を超えて、レビュアーなりの因果関係を構築してしまっている場合は特に注意が必要でしす。因果関係について述べられるほどのサンプル数があるのであれば良いのですが、多くの場合は限定的な環境における一個人の感想に過ぎません。そこから「〇〇だから××のような音なのだ」というような結論を導き出すことは難しいと思われます。それによってご自身の判断に余計なバイアスがかかってしまうのであれば、むしろ読まない方が良いと感じます。さまざまな要因で出音が変化するスピーカーユニットというデバイスについて、わずかな具体例からは細かい性能まではわからないことが多いです。
ただ、かくいう私も自分の専門外の商品については、同じことが起こっていることを自覚しつつ、参考にすることもあります。気軽な気持ちでそうした情報に触れるのも良いでしょう。ちなみにこのような現象は、ご自身が詳しい商品についてのレビューや、自分が所属している企業のWikipedia情報などを見ると体感できます。いかに第三者による評価や情報が心許ないものなのかということがわかると思います。
試聴会を訪ねる
試聴会は参考になることが多いと思います。ご自身で特定のスピーカーとエンクロージャーの組み合わせを直接体験するわけですから、これ以上の情報源はなかなかないでしょう。実際には鳴らしている環境(部屋の状況やリスナーの数)、鳴らしているコンポーネント、エンクロージャー内部の調整状態等、実際に使う場面と異なる要素はたくさんあります。「ここでこのように鳴るなら自分の環境ではこんな風に鳴りそうだ」という判断ができるようになるには、そこそこのキャリアが必要かもしれません。また、プレゼンターと聴取者が一対一で、実験を繰り返しながら行うような試聴であればいざ知らず、多くの聴取者に向けて一方的に行われるような「試聴会」では、そのユニットやエンクロージャーがもつポテンシャルまでは明らかになりにくいと思います。そうはいっても実物を聴ける場は情報を得るための最も有効な機会の一つですので、積極的に利用するのが良いと思います。
なお、エクスペリエンス・スピーカー・ファクトリーでは、お越しいただいての試聴の機会を提供しています。基本的には一対一の試聴&解説になりますので、お客様の疑問点には都度お答えすることができます。また、お好みに応じた調整状態の変更(エンクロージャーやネットワーク)などを通じて、お客様がご自身のお好みを把握することもできると思います。
場合によっては、お客様のご自宅に試聴機を持ち込み、実際の環境下で試聴することが可能なこともありますので、ご希望がある場合はご相談ください。*注1
AIに尋ねる
現代ではAIに尋ねるのも一般的な手段の一つだと思います。特定のスピーカーユニットをどう活かすかについてAIに尋ねると、少し前(2025年初め頃)のAIは一般的な内容について説明した最後に、「詳しくは専門家に聞いてください」という回答をしていました。私は定期的にAIの実力を検証しているのですが、最近(2025年7月)になって、あまりそのような回答をしなくなってきています。かといって回答の精度が向上したわけでもなく、「実力の伴わない謎の自信を持っている」といった感じです。一般理論については相当に的確な回答をするものの、具体的製品についてはまだ誤りが多いです。スペックを間違えたり、似た型番のモデルと勘違いしたりもするので、提案内容にも自ずと誤りがあります。AIが得意そうな計算にもケアレスミスが目立ちます。外形寸法から内容積を計算してしまったり、直径と半径を取り違えたり等々のミスを次々にやらかします。誤りや矛盾に気づくレベルの人が、それを前提に補助的に使うのならともかく、一般にはまだまだ勧められないレベルなのが現状です。数か月後には分かりませんが、少なくとも現時点(2025年7月)においては、具体的な商品を含む内容についての情報を得るには人間に尋ねるのがよさそうです。
専門家に相談する/製作を依頼する
以上を踏まえると、「失敗しないエンクロージャーの選び方」なんてないじゃないか、すごく大変じゃないか、と感じられたかもしれません。残念ながら、簡単に情報が得られる時代になったことによって、逆に誤った情報もどんどん入ってくるようになってしまいました。
「失敗」=「自分の好みに合わない」と定義するならば、(実際には費用対効果等の要素も含まれるのだと思いますが)まずは「自分の好み」を把握することが大切です。自分の好みを把握した後に、それを実現する方法を探すという手順となるわけです。「良いもの」が先に存在し、それを入手することが「失敗しないこと」なのではありません。
幸い自作スピーカーは自分の好みに合わせるための手段がたくさんあります。買って、組み合わせて、終わりというわけではありませんので、そういう意味ではプロセスにまで楽しめる要素が詰まっています。
私が普段オーダーメイドスピーカーを製作する中でお客様と接し、感じていることは、自分の好みを把握できていない方が多いということです。把握できていないというよりは、言語化できない状態というべきでしょうか。従って、世の中に氾濫している言語情報を自身に置き換えて考えることが難しい、という状態なのかもしれません。まずは自身の好みを正確に把握し、次に、好みの状態に近づけるためにはどのようなアプローチが必要なのか、どのような選択をすれば良いのかということを考えるプロセスが良いのではないかと思います。
エクスペリエンス・スピーカー・ファクトリーはこのようなプロセスを多くのお客様と経験してきています。お好みを把握し、その内容を言葉で表現し、他人と共有するためには。同じ音を同じ場所で聴き、その場でその音について意見を交わすことがもっとも有効です。
「場」の共有が難しいときは、言葉だけでそれを行うことになります。そんな時は、お互いに聴いたことがあるモデルをあげ、それについてどう感じたかを伝えるという作業が有効です。これを行うことで、思わぬ表現の個人差を埋めることができます。場合によっては聴いたときの状況が特殊だったりするなどの落とし穴もあるのですが、それでも有効な手段と言えます。
検索すればそれなりの情報量が出てくるものですので、わざわざ質問事項をまとめて連絡したり、直接尋ねる機会を持つのは大袈裟かもしれません。しかし、より目指すレベルが高くなればなるほど、自信で検索する情報だけではゴールまでの道のりが遠くなってしまいがちです。ネットの海を彷徨って右往左往するよりも、明確な指針をお示しできることもあると思いますので、お気軽にご相談いただければと思います。
*注1:ご自宅への持ち込み試聴は「安価なユニット1本を検討しているような場合」には難しいことがあります。エンクロージャーの設計や製作、高価なパーツ類のご購入を検討されているお客様が対象となります。詳しくはお問い合わせください。