アンティークは現代に蘇ったか

1925年製のスピーカーを現代に鳴らす

今回のご依頼は壊れてしまったかなり昔のホーンスピーカーを使って昔の SP盤(78rpm record) を聴いてみたいというリクエスト。よく知りもせずに「何らかの音を出せるようにすることは可能」と安請け合いしたものの、お持ち込みいただいた現物をみて品物をよく調べると、驚きの事実がわかった。

スピーカーは Sterling Telephone & Electric 社のスピーカー Sterling Dinkie 。なんと 1925年頃に製造されたものらしい。1925年を「もしや?」と思って調べてみるとこの頃はちょうどダイナミックスピーカーが発明された時期だ。現代のスピーカーの動作形式の多くはこの「ダイナミック型」で、永久磁石と電磁石が引きつけあったり反発しあったりすることで電磁石(ボイスコイル)に取り付けられた振動板が動いて音を出す。 Sterking Dinkie はマグネティック型という形式だ。コイルには金属の小さな部品が取り付けられており、これがコイルが動くことによって動作する。動作形式は「可動鉄片型」というもののようだ。この鉄片が円形の薄い金属盤に接触して震わせることで音圧を得る。本体の台座部分にはレバーがついており鉄片が付いているモジュールを上下動できるようになっている。それにより金属板との接触具合を調整して音圧の調整ができる仕組みだ。

本来であればこの仕組みをそのまま利用して「修理」すべきなのだろう。それでこそ骨董が元の姿に蘇ることになる。しかしそれでは現代のシステムに組み込む形で本来のこの機械の「音を聴く」という目的を果たすことはできない。客様とも相談して今回は現代のアンプで鳴らせるように普通のダイナミック型スピーカーを台座部分に仕込むことにした。

精密ドライバーで本体部の上蓋のネジを回す。この筒状の突起にホーンを差し込んで使う。

スペースはほとんど取れないため、小型のフルレンジユニットを取り付ける。円盤の直径は80mm。
段差に合わせてパッキンで密閉する。このユニットが上向きに音を放射してホーンを鳴らす。

ケーブルも外観に合わせたものを選択

配線して密閉する。底面の蓋とあえて接触させるためここにもパッキンを貼る。

完成して音を出してみると、映画などで聴くようないわゆる「昔っぽい」音がする。(語彙が…)アンプもスピーカーユニットも現代の物を使用しているにもかかわらずタイムスリップしたかのような感覚を味わえる。現代の録音を聴いても、決してハイファイではないが、品があり、雰囲気がある。この機会に 1920年代のヒット曲を色々聴いてみたがやはり相性が良い。1950年代のモノラル音源も良い。1950年代ともなると既にこのスピーカーの誕生から30年近く経っているわけだがそれでも相性は良い。Ella Fitzgerald & Louis Armstrong の名盤 ‘Ella & Louis’ なども雰囲気がある。ハイファイスピーカーで聴くのも良いが、このスピーカーで聴くとまた趣がある。こうして聴いてみるとスピーカーユニット部の発音形式もさることながら、昔ながらの素材と、この構造やフォルムがこの音の方向性を決定づける大きな要因となっていることがわかる。


アンティークの扱いには色々な考え方があると思う。手の届かないところに飾って眺めるのだって悪くはないし、それはそれで趣がある。しかしこうして実際に音を鳴らしてスピーカー本来の機能を発揮させ、現代のソースやアンプとの組み合わせでこのような音を味わうことができるようにしたことは、元の姿に戻ったとは言えないが、十分に「蘇った」と言ってよいのではなかろうか。その時代に生きていたわけではないのにノスタルジーを感じるこの独特なサウンド。オーナー様にもぜひこの貴重な体験を味わって頂きたい。

エクスペリエンス・スピーカー・ファクトリー | オーダーメイドスピーカーの設計・制作&販売/店舗やリビングの音響デザイン/放送局や研究期間向けスピーカー開発/メーカー向け開発援助/オンライストア